吉原哀歌(1)
※高杉女体化、遊女化(でももはや高杉じゃない)
※長い(7P)
※微裏(事前、事後の表現有)
※銀高、万高、坂高要素有
江戸の街はゆっくりと日が沈み、どろりと夕闇がかった頃。
その中心からはずっと離れたここは、夕闇を出迎えるかのように沢山の提灯が輝き目映く華やいでいた。
連日雨ばかりで久々の月夜だというのに、月や星の灯りはその明るさに霞んでしまう。
「旦那、一晩遊んでくんなんし」
そこでは籠の中から外の世界へ女達は手を伸ばし、
「ほう、よかろうて」
男はその手をたった一夜だけ取り、また捨てるのだ。
ここは吉原、遊郭街。
「姉様、お座敷に上がる時間っす」
「ああ」
禿に小さく返事を返した女は薄い唇に紅をひき、鏡の前から立ち上がった。
藍の着物にすらりとした身を包んだその女は、この店で最も美しく値の張る遊女である。
彼女の本当の名を知る者は吉原にはおらず、彼女はここで『時雨』と名乗っている。
だが、彼女は『紫陽花太夫』と呼ばれることが多かった。
これは彼女の深い紫の髪と藍の着物、その寂しげながら凛とした佇まいにとある客がつけた名らしいのだが、彼女にとても似合うと周りの者、特に客はそう呼ぶ。
「今日は久方ぶりの月夜だな」
「そうっすね。やっぱり雨より月の方がいいっす」
「お前は月が好きか」
「はい!姉様みたいだと思わないっすか?」
「どうだかねぇ。紫陽花は太陽じゃなくて雨露に輝くもんじゃないのか」
「雰囲気が、っすよ」
きゃいきゃいと楽しそうに彼女と話していた禿の娘は、そろそろお時間と言い桃色の浴衣を翻し出ていった。
「紫陽花」
「ようこそおいでくんなまし、旦那様」
先程の雰囲気や口調とはうって変わって、彼女は妖しく微笑んだ。
「いつ見ても美しいな君は。本当は買ってしまいたいのだが、何せ私もそんなに金持ちではないのでね」
「わっちは旦那様とこうして一夜を共にできるだけで十分でありんす」
「そりゃ残念。」
彼女は買うのが難しいどころが、抱くのさえ結構な金をはたかなければならない。
今の値でも高いのだが、本来ならもっと高い。
彼女の左瞼の下には右の目玉のような麗しい翡翠のそれがないから、幾分安いのである。
以前に数人大枚をはたき彼女を買おうとした金持ちもいたが、彼女が左瞼を見せるとそれに衝撃を抱き恐れ話は保留、そして彼女はまだこの狭い鳥籠の中に閉じ込められているのである。
「ときに時雨、君の左目を私は見たことがないのだが」
「見ても面白きことなどありんせん」
「そうか?」
「わっちにはこちらの目がねえのでおす」
「えっ」
「ふふふ。旦那様の前ではどうか美しゅう華であらせてくださいまし」
彼女の妖艶な微笑みに客も黙る。
「さぁ、一夜限りの戯れを………」
『もうこれじゃお嫁の貰い手なんていないなぁ』
『俺が、いるよ』
『えっ』
『目が一つなくなったってお前はお前だろ。』
『でも、気持ち悪ぃだろ』
『そんなことねぇよ。なぁ、こんな辛い目にはもうあわせないからいつか俺と一緒にここを離れよう?俺が護ってやるからさ、』
『……銀、』
『ね。結婚しようよ』
『……うんっ!』
なのに何故私はこんな所に居る?
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