ハッピーエンド(1)

「…男でもこんなトコ来る奴いるのか……」

「……いつ、気づいた?」


俺の最後の常連客は、
女のように美しい男だった。





「いらっしゃいませー」

ドアが開いたのが見えて、いつもの営業スマイルで俺は振り返った。

紫の女物の着物をちらつかせた、紫に輝く黒髪の女。

「お一人ですか?」

「ええ、まぁ」

近寄ってよく見てみると、相当の美人だった。

整った目鼻立ち、病的なまでに白い肌、左目を隠すように流した前髪の上には椿をモチーフにした髪飾り、見えている右目は綺麗な深緑。

こんなところに来るような人とは思えない気品。

「ご指名は?」

「…貴方、今はお暇かしら?」

「俺はいつだって暇な堕天使ですから。俺にします?」

「そうね、よろしく」

妖しく微笑みかけられた。

ふとその時気づく。

その身から血の香がしたことと、
女にしては体つきがしっかりしていること。

…こいつ、本当に女…か?

直感で思ってしまい、彼女を席まで案内する途中思わず聞こえないくらいの声で呟いた。

「…男でもこんなトコ来る奴いるのか……」

ハ、と気づいて動揺を悟られないようにチラリと目だけで見た。

本当に女性だったら失礼だ。


その人は、俺を見て驚いたような顔をしてから、先程とはまた違う挑発的な笑顔を見せた。

「……いつ、気づいた?」

また先程とは全く違う、艶かしいが低い男の声だった。

俺は固まってしまった。

ほんとに男だったのかよ!!というのは飲み込んで、

「……確信もなかったけどな、まぁホストの勘って奴ですよ」

ホストの勘というか、マフィアの一員としての勘?

「ホストの勘ってのは声帯模写もプロ並みの変装術も見破っちまうもんなのかィ、恐ろしいな」

俺の言葉を聞きながら、彼は何ともないように椅子に腰を下ろした。

「で?何の御用だお客様」

「男ってだけで対応の差がこんだけあんのかよ。嫌な商売だな」

「すまねぇがここは女をもてなすトコなんでな。もてなしてほしけりゃキャバクラか遊郭にでも行けよ」

「冷たいこって」

する、と白い指が俺のネックレスに触れて首筋を撫でた。

「そう無下にしないでくれよ、ホストさん」

「!?」

あろうことか、その直後俺の首にその手が巻き付いてきた。

「どういうつもりだよ」

「確かに俺ァ男かもしれねぇが、俺はアンタを気に入ったよ」

にやり、妖しい笑いをまた見せた。

悔しいことに、俺はそれに見とれてしまった。

「さ、一流ホストの坂田金時さんよォ、おすすめのやつを一杯くれ」




彼は名を名乗らなかった。




「ねぇ、名前何て言うの?」

彼が店に来て四回目、やっと俺は訊ねた。

「?誰のだ?」

「アンタのだよ!」

相変わらず女物の着物で現れる奴は、紅色のカクテルを飲みながら驚いたように瞬きした。

「俺の?」

「そうだよ」

「名乗ってなかったっけか?」

「覚えてないのかよ!」

彼は俺が少し話をすると、楽しそうに相づちを打って聞いてくれる。

打てば響く、一を聞いて十を知るとはまさにこの人のことで頭の回転が早くて一緒に話すのが楽しい。

男の客だからこそ、つい客の愚痴なんかも言ってしまう。

しかし彼は、名前も名乗らなければ職業も教えてくれない程に自分の事は話してくれない。
が、どうやら変装術や行動力、観察力等に関しては自信があるようだ。

「当ててみろよ」

「無理に決まってんだろーが!」

「そりゃそうだな」

ケラケラと笑って、

「お前には特別、教えてやるよ」

俺の頬を掴んで顔を寄せた。

長い睫毛がぱちりと瞬き、奥の緑の瞳が妖しく光る。

本当に女のようで、いや、今まで相手をしたどの女よりも美しくて。

そう思った俺はもうこの時既に手遅れだったのかもしれない。

「高杉晋助。覚えておけ」

高杉晋助、か。

「わかった。よろしくね、高杉」

やっと、貴方のことを一つ知ることができましたよ。

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