透明な希望(1)
見上げれば濃紺の夜空。
冷たい冬の空気が空を押し上げているような、遠く遠く感じる空。
灰色に染まった雲は途切れながら棚引き、満天の星と少し欠けた月が輝いていて眩しいほどに綺麗だ。
眩しいほどと思うのは、俺達が今置かれた状態のせいかもしれない。
そんな空に比べ、
俺達の足がつく地には屍が転がっている。
否、屍の上に足がついている。
人でない屍からは赤黒い血液や内臓や、他にもヘドロのような緑や毒のような紫の体液が流れていてなんとも言えず汚い光景。
まぁ、その光景を作ったのも俺達なのだが。
「今日の奴等は手強かったのぅ……」
「ハッ、俺等にかかりゃあ大した事もねぇだろ」
遠くで聞き慣れた声が聞こえた。
「ん?銀時じゃなかか!」
「真っ赤でわかんなかったぜ。白夜叉なんてつけたのはどこの誰だよなァ?」
辰馬と高杉だ。
辰馬の背中にはちゃっかりヅラが背負われている。
俺に“真っ赤”なんて言うが、高杉の動きやすそうな黒い上着も辰馬の星空のような青い羽織も今になってみれば真っ赤だ。
「ヅラァどうした?」
「…ヅラじゃない桂だ…」
「ちっくと足をやられたようじゃ。これじゃあ歩くんは億劫と思うての、わしが」
ヅラの膝上には銃弾が撃ち込まれたあとがあり、更にそこを斬られた痛々しい傷があった。
辰馬の負担を軽くするためか、よく見ると高杉がヅラの防具と刀を持っている。
「にしても珍しいな…貴様が、空など見上げているのは…」
ヅラが白い息を吐きながら俺に話しかけてくる。
「別に。たまには良いだろ、センチメンタリスト銀さん」
「夜空見上げりゃセンチメンタリストとか思うなよ糖尿天パテロリスト」
「テロリストっておまっ…間違ってねーけど、おめェもだろエロリスト」
「糖尿やら天パやら他にツッコむところがあった気がしたんじゃがのう、アッハッハ!」
「同感だ」
そんな会話をしながら、皆が空を見上げた。
辰馬は馬鹿みたいに(馬鹿だけど)しょっちゅう空を見上げているし、
高杉は月が好きだから夜はよく空を眺めている。
「今日は冬の大三角がよう見えちょるのう!」
「三角形?どれよ?」
「あれとあれとあれじゃ!」
「抽象的すぎてさっぱり解らんな」
「つか三角になんざ見えねぇ」
指先や爪先、耳や鼻の頭が冷えているのがわかる。
戦の疲れがたまった身体を引きずるように歩いた。
後ろを振り返れば、高杉も辰馬も上を見上げながらゆっくりと歩いている。
「高杉、それ持ってやろうか?」
ヅラの防具を抱える高杉の右腕にも痛々しい傷が見えた。
「おめぇがんな事言うなんてそろそろ嵐でも来るのか?」
「せっかくの人の親切をてめぇ…!」
「クククッ、冗談さ。ほら持てよ」
俺の手に高杉は防具を押し付け、俺より先に歩き出した。
「あっおめっ人に押し付けて!」
「お前から持つって言ったんだろー?」
奴は逃げるように早足に歩いていく。
しばらく歩くと草原が見えてきた。
そこから見る夜空と海、海をはさんだ遠くの街は絶景。
今までいた戦場なんて嘘のようだ。
高杉はそこにつくと足を止め、一番高い所に立った。
「バカとワルは高い所がお好き……」
「あぁ?聞こえねぇなあ白髪野郎」
身長の低い高杉の近くに立つと、地面は俺の方が少し低いのに目線が揃う。
ちょっと可哀想だったので俺はその冷たい草の上に座り込んだ。
「おまんら早いぜよーちくと待っちょくれぃ」
辰馬達が少し遅れてくる。
辰馬は一度ヅラを草原に下ろし、自分も景色を見下ろした。
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