金では買えないプレゼント(1)
どっかのいるかどうかもわからない神様の誕生日を祝うなんてまず理解が出来ない。
俺は所謂無神論者で、神様に祈ったこともなければ神様がいるなんて思ったこともなかった。
まぁ子供達に希望を持たせるためにサンタクロースと名乗った親がプレゼントを贈る風習は悪くないと思っちゃいたが、親のいない子供にはプレゼントをくれないサンタクロースなんて架空の存在なら、いなけりゃあいいのになんて思ってもいた。
「先生」
失礼します、の一言もなく俺の領域に踏み込んできた銀髪頭は、さも当然のように一番奥のベッドに腰かけた。
「失礼します、はどうした」
「失礼しまーす」
消毒用アルコールの匂いと加湿器の音が静かに立ち込めるこの保健室は、保健医の俺の領域。
まだまだ学生で、一応恋人として付き合っているこの坂田銀時という名の至って健康なアホが我が物顔してベッドを占領していることにいささか不満を感じているのだが、まぁ長年のよしみとして目をつむっている。
本来今日から冬休みのはずだが、教員はまだ出勤しなければならないし、成績がよくない生徒達は特別補習を受けに登校している。
この銀時も昔から頭が悪くて、試験で高得点をとれる科目は保健体育くらいのものだった。
午前中に受けてきた補習で配られた課題らしきプリントを、ベッドに横になりながら枕元に広げる銀時。
「起き上がってやれよ、銀時」
「えー、何で」
「お前そのままやってたら途中で寝るだろ」
「よくわかってらっしゃる流石」
起き上がり、白いシーツの上で胡座をかいて銀時は改めてプリントを睨み始める。
もう補習は終わったんだから帰ればいいものを、俺の仕事が終わるまで待っていると言うのだ。
だからその後一緒に行きたいところがある、と。
明日は仕事もないから別に構わないし、勉強でもして仕事の邪魔をしないならいいと言ってある。
ものの数十分、俺が書類のファイリングや薬品棚の整理をして目を離した隙に銀時はうつ伏せに倒れて眠っていた。
「銀時、」
返事が返ってこない。
「………」
熟睡した馬鹿に、布団をかけてやりカーテンをしめた。寝てた方が静かだし都合がいい。
数時間後、仕事も一段落したからさて帰ろうと思い荷物をまとめ始めた。
すると、突然パイプベッドの軋む音と、ジャッとカーテンを強くひいた音が聞こえた。
「ようやくお目覚めかィ」
寝坊した朝のような形相で銀時が呆然と立っていた。
「ちょ、高杉センセ、今」
「17時14分、だな」
腕時計を読み上げると、銀時はホッとした顔をして俺の二の腕を掴みあげた。
「よかった、先生、もう仕事終わった?」
「ああ」
「じゃあ今から付き合ってくれるよね?」
「そういう約束だからなァ、どこに連れてくつもりだ?」
「まぁ着いてきてよ、」
晋助。
学校では先生って呼べって言ってるだろうが。
俺の手をひく銀時の手はいつの間にかに俺より大きくなっていて、でもまだ孤独だと泣くように冷たかった。
銀時は、捨て子だった。
俺の尊敬する恩師、松陽先生はある日まだ小さな銀時をどこかから連れてきて育てると言ったのだ。
俺も仕事が忙しい親にほっておかれることが多くて、先生には世話になったから反対などせず、むしろ先生の助けになりたくて時間があるときは銀時と遊んでやったりしていた。
そのうちに、なついてきた銀時が可愛くなって、一緒にいる空間が心地よくなって、いつの間にかにそれが別の感情に変わっていた。
クリスマスにプレゼントを貰ったことなんてなかった銀時に、何か欲しいものはあるかと先生が訊ねたことがある。
その時、こいつは答えた。
「家族」って。
男の俺では、どうやったって何年たったってプレゼントできるものじゃない。
俺はこいつに何が欲しいか、なんて質問をするのはやめようと思って、クリスマスや誕生日には「これで好きなものを買え」と札を渡し続けてきた。
「銀時」
「何?」
地下鉄に乗り込んで、座席の上で俺の手を握りしめる銀時。
多少込んでいる車両はどこかぎこちない男女カップル達を乗せて、暗い道の中揺れながら低音をあげながら走っている。
「……なんでもねぇ…」
「そっか」
深入りせず、銀時は静かに目を閉ざした。
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