愛しているを叫んで(1)
眠らない街、歌舞伎町のネオン街の下。
男は一人、笠を深くかぶって歩いていた。
彼の放つまがまがしい殺気にも近いそれを感じ取り、店の外で客引きをする者達は彼を避け、道行く人は知らず知らずに彼から距離を置いた。
しばらく歩いて行くと、ネオン街から外れ人通りの少ない道へ出る。
灯りも少なくなり、蛾が集るような電灯とさっきまでは気にもつかなかった月明かりが道を照らした。
「…………」
ふいに、男は足を止めた。と同時に刀に手をかける。
周囲から僅かな気配──いや、間違いなく殺気。
((敵の数は軽く十は越えるな…二十、いやそれ以上…))
道の脇にそびえ立つビルの上、その中、路地裏──
男から距離を随分と置いたところから気配を感じる。
ごくりと唾を飲み込み、神経を集中して脳を回転させた。
((狙撃か?何が狙いだ?))
その瞬間。
「あっ、すいません」
「!」
どん、と目の前から衝撃が来た。
人とぶつかった、と気づいたときにはもう遅い。
((しまった───!))
「や、やった……」
目の前にいた男は、歓喜と興奮に震える声をあげながらその場を走り去る。
ずくずくと腹に走る激痛。腹筋に刺さった短刀を見て、ぶつかってきた男に刺された、と一瞬で理解した。
彼にぶつかってきた男は殺気どころが気配を見事に薄くしていた。
しかも複数の殺気に気を配るばかりに、近くへの意識が散漫としていた──いや、散漫とさせるために彼等は強い殺気を放っていたのだろう。
「今だ!捕らえろ!」
誰かの掛け声と同時に、彼等は罠にかかった獲物に一斉に襲いかかった。
降り下ろされる刃に必死で抵抗するが、痛みも流血も止まらない。
手負いながらも足掻き、敵を斬り倒したがついに吐血し地に膝をついた。
「過激派攘夷志士、鬼兵隊総督高杉晋助──本日をもって、てめぇを逮捕する」
ガチャン、と膝をついた男─高杉の腕に手錠がかけられた。
言い放った男は、藍色の冷めた瞳で高杉を見下し、
高杉は苦しそうに咳き込みながら自分を見下す男─真選組副長、土方を睨み付けた。
*
「やったじゃねーか山崎!」
「お前これで大出世だな!」
「あの高杉に刀刺したってんだから!」
翌日、真選組屯所はやんやと騒がしかった。
いつも地味だのなんだのといじ(め)られている山崎が大仕事をした、
集団での攻撃ではあるが、あの過激派攘夷志士の高杉を見廻組や他の警察機関より先に捕らえることができた、
今日は珍しく副長の機嫌が良くて気持ち悪い、
今夜は局長が宴を開こうと言っている、
と真選組は浮かれ気味だ。
昨晩捕らえられた高杉は、一応腹の手当てを受けて屯所の牢獄に繋がれている。
「よォ、いい様じゃねーか」
がしゃん、と大きな音をたて牢獄に入ってきたのは近藤と土方だ。
高杉は差し込んできた太陽の光に眩しそうに目を細める。
「さて、面倒事になる前にさっさとお前の首を落としちまいたいんでな。残りの鬼兵隊の居場所を吐け」
土方は高杉の前にしゃがみこみ目の前の指名手配犯にそう言った。
「…さァな。言えば俺を解放してくれんのかァ?」
「一度粛清したはずの鬼兵隊を以前より厄介な組織にして復活させちまうような輩を野に放ったらそれこそ俺達はただの税金泥棒になっちまうだろーが」
「クククッ、てめェらが警察機関だろうと俺には関係ない話だがなァ。俺の破壊の邪魔をする存在、それだけだ」
「我々は犯罪者の犯行の邪魔も仕事のうちだ」
近藤も口をはさみ、高杉は気だるそうに首を持ち上げ彼を見やると、思い出したように高杉は口を開いた。
「なァ幕府の犬のボス犬さんよォ、お前等んとこに世話のなってねェ犬が一匹舞い戻って来て噛みついてきたことはねぇか」
その言葉に近藤と土方は一瞬眉を潜めた。
「無駄に自尊心が高くて傲慢でなァ…ククク、最期にゃ片腕落としていった、一人ぼっちの惨めな駒よ」
だが、その続きの言葉を聞くうちにみるみる表情が変わった。
反乱分子として、仲間として、一真選組隊士として土方と刀を交え命を絶った男、伊東鴨太郎。
「そういえば、伊東がお前等んとこの人斬り万斉と内通してるって山崎が言ってたな」
土方は怒りのこもった目で高杉を睨み付けた。
高杉は手錠に繋がれたままだというのに余裕のある表情を崩さない。
「裏切り者にも気づくことが出来ねェでのうのうと過ごしてるうちに喉笛噛みちぎられそうになるなんて、真選組の頂点二人はそらぁ大層間抜けな話さな」
「てめぇ、俺はともかく近藤さんを──!」
「やめんかトシ、俺が伊東を見切れなかったのは事実…むしろトシの忠告を聞かなかった俺に非があるだろう」
「近藤さん……」
「おっと、慰めあいしろって話じゃねェんだ。」
薄ら笑いしながら高杉は二人の会話を遮った。
「俺が何を言いたいかってな、また裏切り者が紛れ込んでも気がつかねぇような犬共にゃ鬼兵隊は欺けねぇって話だよ」
「……また…だと?」
「教えてやらァ。
お前らの──真選組の中に、俺の手下が紛れ込んでいる」
近藤と土方は驚愕の色を浮かべた。
「…馬鹿言うんじゃねぇ、んなことが出来るわけ……」
「だから甘いってんだ。お前らは部下全員に本当に目を配ってるか?本当に何も変わった事ァねぇのか?お前らが背中任せた誰かさん、後ろを見ねぇでいるうちにその面被った別人にすりかわって背中狙ってるかもしれねぇんだぜ?」
高杉の口調に二人の神経は掻き乱される。
「生憎俺達真選組は鬼兵隊のような烏合じゃない。一枚岩だ」
かろうじて反論する近藤も、
「伊東の反乱に気づかなかったてめぇがよく言うなァ近藤?」
高杉にそう責められ言葉を失う。
伊東の存在と彼の引き起こした反乱は、真選組の──特に近藤の中には根強いトラウマとなって残っているのだ。
「うるせぇ!」
苛立ちを隠せない土方は、高杉の腹に強く蹴りを入れた。
げほ、と眉をしかめ咳き込む。
「ふざけるんじゃねぇぞテロリストが、お前らみてぇなのが混ざってたらわかるんだよ!」
土方はぎっと高杉を睨み付けてずかずかと牢獄を出ていく。
「おいトシ!」
近藤も高杉の牢に鍵をかけてから後を追った。
「…クククッ─…アホらしい」
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