吉原哀歌(2)

「起きたか、紫陽花」

「旦那様…」


事が済み眠っていると、客の男は先に起きていたらしく静かに煙管を吸っていた。

「随分ぐっすりと寝ていたようだな」

「旦那がお上手でおすから、」

「床入り上手は君の方だろう。」

「あら、よしてくんなんし」

「夢でも見ていたのではないのか?何とも悲しげであったぞ」

男の言う通り、彼女は夢を見ていた。

それは遊郭に売り飛ばされる前の思い出。
それは十年以上も前の事になるのだが、彼女はそれはそれは貧しい家の一人娘だった。

食事もままならなかったけれど仲の良い友人もたくさんいて楽しく過ごしていた。

中でもよく一緒に遊んでくれた二つ歳上の少年に彼女はよくなついていて、少年も彼女をとても可愛がっていた。

世にも珍しい銀色の髪に赤い瞳の銀時という少年。

他の近所の子供達とも遊んでいたのだが、彼女の家に来る借金の取り立てに怯えた子供達はいつの間にかに彼女と距離を置くようになってしまい、銀時くらいしか彼女と仲良くしてくれる子供はいなくなってしまった。

ついに生活が苦しくなってきた頃、彼女の親は人身売買というものを知ってしまい彼女はその左目を抉られ売られた。

その目が思ったほどの金にならなかったらしく、まだ返済が終わらずに借金取りは彼女の家にやって来た。

『今度こそ払うもんがねぇなぁ?どうする?』

『もう勘弁ください…』

『そうだ、あの娘。傷物にはなっちまったがなかなか別嬪になりそうだったな』

『なら吉原がよかろうて』

『そいつぁいい。』

『娘は…っ…』

『まだ年端もいかない小娘の左目削ぎ落として飯食おうとしてたんだ、そのくらい出来るだろう』


彼女はそのまま吉原に売られた。

親は彼女が売られた金でまともな生活が送れているらしいが、彼女にとっては地獄の日々の始まりだった。

彼女は銀時に恋心を抱いていた。
それはまた銀時も同じで、二人はいずれ結婚しようという約束さえしていたのだ。

『銀時ぃ、銀時っ……』

辛いときはいつだって味方してくれたその人が側に居てくれず、
知らない場所に訳がわからないまま連れてこられ、
思い人がいるにも関わらず他の男に身体を許し、
商品として扱われ、もてなさなければ排除される。


まだ幼いその身にそれはあまりにも酷だった。




「まぁ昔の夢を」

彼の事を忘れることなど出来ず、それでも彼女は悲しげに咲く。



それはそれは藍に紫と悲しげな彩りで。




「おや、昨日は晴れていたのにまた雨か」

「もう梅雨になりんすね」

「そうだな……あぁ、じゃあこれで」

「では旦那、またおいでおくんなまし」

「ああ。」

客を見送り、彼女は座敷から格子の窓の外を見た。

色とりどりの傘が咲くのが見える。

彼女は悲しげに長い睫毛を瞬かせ、目をふせた。

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