崩れる記憶(2)

「………っくそ、…」


俺がここに来てから何日たっただろう。

空の色は全く変わらないから時間なんてわかりゃしない。

もしかすると数時間もたっていないのかもしれない。

けれど、周りの景色は何一つ変わらなければ相変わらず生き物もいない。

地面をよく眺めても蟻の一匹も這っていなかった。

どこかで、『風は生き物がいる場所にしか吹かない』と聞いたことがある。

確かにそうだと気づいた。

俺は天に生き物扱いされていないのか。

もう自分が生きているのかさえわからなくなってきた。

「…あー……」

あいつは今、大丈夫だろうか。
あいつらは俺がいなくて寂しがってないか…
…寂しがってないな。

どさり、と地面に倒れてみた。

音は鈍く響いて、
砂が舞い上がる。

「………それにしても、」

ここへ来るまでは、

ひたすらにあいつを護る事だけを考えていたんだ。

いなくなって、初めて気づくなんてな。

あいつのところに行きたい。

あいつに会いたい。

抱きしめあって、体温を感じて。

ここから出るにはやはりここまでどうやって来たのかを思い出すしかないのだろう。

思い出せ。


もうこの考えを何度繰り返したかわからない。


……あれ、


思い出す、ってどうやってやるんだ?

思い出せ、思い出せ……

「……っくそっ…!!」

思い出す、というやり方さえ忘れたのか俺は。

少しずつ、退化していくような気がする。

記憶が少しずつ剥がれるような。


ああ、もう嫌になってきた。









「なんだい、あんたさん見ない顔だねェ」




上から、声が降ってきた。



「!?」




全くもって、気がつかなかった。

驚いて目を開くと、
ぼろぼろの着物に身を包んだ怪しげな老人が俺を見下ろしていた。

いつの間に。


俺に気配を全く気取られず近づくなんて、あいつだってできないのに。


「どうしたんだい?どこか悪いのかい?」


いや、この老人。

こんな近くにいても、気配を感じない。

まるで、生きていないみたいに。

こいつ………


「てめェ、誰だ」

「わしの身柄なんぞよりも聞くべき事があるんじゃないかい?何か困っているんだろう?」

この老人が何者かなんてわからないが、確かにそうだ。

「……あぁ、そうだな…」


……何を聞くんだったか。


「え、」



それすらも忘れている?


何でだ、どうして……!?


「…爺さん、…思い出す、っていうのは……どうやってやるんだったか…」

こんなことを聞いてるのはおかしい。


なのに、こうしている間にも少しずつ記憶は落ちていっているのかもしれない。


「思い出す、ねぇ…」


老人は小さく首をかしげ、

「あんたさんは、ここがどこかだとか…そういうことを聞かないんだねェ」

「そうだな、そういうことが聞きたかったのかもしれねぇ。だけど、」

「そう、あんたさんの今の状態じゃあ言ったところですぐに忘れちまうんだろう?」

「ああ……だから、」

「あんたさんは賢いんだなぁ。特別に教えてやろう」

歯も満足に揃っていない口を、老人はにたりと歪め笑った。


「人間ってのは、一生で様々な知識をつけるだろう?」

「?……ああ」

「その一生を何回も繰り返して繰り返して、魂を磨きあげていくのさ」

「……はぁ…」

俺が聞きたいのはそんな話ではないのだが、まぁ聞いておく。

「次の人生っていう新たな幕を開けるためには、今までの記憶をリセットしなきゃならないだろう?あんたさんは前世の記憶があるかい?」


「……ねェな」

「そう、重要なもんは経験値として魂に蓄積されても、記憶には残らないのさ。そのなくした記憶はもう二度と戻らない」

「……ってことは、」


これは。


「残念ながら、あんたさんの記憶はもう戻らない。そうやって苦しみながら様々なことを忘れていくのよ」

「……何で、…神様ってのは憎いもんだな。こんな少しずつ削って苦しめるなんて」


老人は俺に崩れた笑い顔を向けてきた。


「神様はそんなことしねぇよ?あんたさん、そりゃあんたの咎さ。罪に罰。」

「……?…罪…?」

「一つずつ大切なものを失っていく苦しみ、それこそがあんたさんの犯した罪への罰さね」

驚いて、思わず老人を睨んでしまった。

「罪、なんざ犯してねぇ!!何だって言うんだよ!?」

「そりゃ人殺しでもしたんじゃないのかい?」

人殺し、か。

でも、

「……でもっ、俺はあいつを護るためにっ…せめて、せめてあいつの記憶だけはっ」




「ほぉ、あいつ?

あいつってのは誰だい」




「……何言ってやが、…」




「あんたの大事な誰かさん。名前は?顔は?男かい、女かい?どんな人だい?」




嘘、





「あいつ、の……名前は……」





「その人を護ろうってのがあんたさんの罪なんじゃないかい?」




嘘、




「………顔は、…」





「こうして罰を受ける覚悟があって、それでもあいつとやらを護ったんならいいじゃないの。でもね、」






何も思い出せない。





「今落ちた記憶はどうしたって戻ってこない。諦めな、咎人さんよ」






あいつ、は、




死んでも護ると言ったのに、







貴方という人が、思い出せない



「そういえばあんたはわしに誰かって言ったね。そうだな、閻魔の遣い、ってところさ。

あとどこか知りたいってのも言ってたね




ここがどこかって、


もう気づいてるだろうが、


ここは、地獄よ」










そんなことを言われたって、





あいつを思い出せないのに変わりはない








END


















↓懺悔と解説





分かりにくい話でごめんなさい……!!

一応、死んだときの記憶もなくて地獄に落ちてからも少しずつ記憶をなくしていってそれに苦しむ高杉……のはずです

最初から恋人の名前が出てこないのは勿論地獄に落ちたときに恋人の記憶をなくしたからで、でもそれは彼の中ではあり得なさすぎて気づかなかった……みたいな(汗)

一応恋人は銀時のつもりですが、お好きな解釈で(笑)

ありがとうございました。

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