ハッピーエンド(3)
目の前が真っ暗になった。
冷たい氷水を浴びせられたように、頭の芯がすっと冷めた。
「しかもよりによって女たぶらかして金巻き上げるてめぇみたいなのが同姓愛者なんてお笑いだな!」
一瞬こっちを振り向いた時、その目が泣きそうだったように見えた。
「……たか、……」
バッと手を振り払って、高杉はそのまま走り去っていってしまった。
まぁ、こうなるのは当然だったのだけれども。
そうだ、当然。
男を好きになる、なんて。
鼻がツンとして、涙がでそうになったから帰ることにした。
が、ふと足元に黒いものが落ちているのが見えた。
「……?」
滲んだ視界に映るそれを掴んでみると、携帯だった。
「…高杉の…か?」
以前黒い携帯を使っていたのを見た気がする。
恐る恐る開けてみてみると、月のシンプルな待ち受け。
留守電が一着入っていた。
聞いては悪いだろう、と思いながらもそれを聞いた。
若い男の声。
『…晋助か?拙者だ……標的はもう殺れたか?早々に始末するでござる。ぬしの居場所が今回の依頼人のマフィアに割れたらしい、急いで仕事をして…ぬかるなよ、奴等はぬしの仕事の遅さにもう堪忍袋の緒が切れたようでござる。終えたらすぐに落ち合おう、連絡を………』
もう、訳がわからなくなった。
何故、高杉が、誰を、始末?
あいつがマフィアなんて物に関わっていたのか?
留守電が終わると、音声メモのようなページが開けた。
そこにあった一項目。
「…坂田金時、暗殺について……?」
『中国マフィアの……そう、そいつだよ!あそこの番犬坂田金時!あいつのせいで俺の部下は酷い目に遭ったわ警察に目ェつけられるわ──ああ、頼みはつまりな──』
電話の、きっと相手の声だけを録音したんだろう。
続きの言葉を待って、固唾を飲む。
『坂田金時。どうとでもいい、出来るだけ踊らせて持ち上げてから、どん底に叩きつけろ。ヤクでも何でも提供してやる、もうどうにもならないくらいにボロボロにして、殺してくれや。………な、万事屋サン』
万事屋、さん……
街の闇仕事を中心に商売してる何でも屋、ってのを聞いたことがある。
高杉は、その万事屋だったんだな。
余程俺に恨みを持っているお客さんだこって。
「……高杉は、それで俺に近づいたのかよ……」
俺は神様って奴を憎んでやる。
よりによって恋した相手が、俺を殺そうとしていた男だなんて。
でも、良かった。
もう二度と俺の前に現れてくれないだろうと思ったけど、まだ俺は死んでいない。
また、会いに来てくれるね……
「っうぉ!?」
ヴー、ヴー、と突然手の中の携帯が鳴り出した。
画面に『河上万斉』と表示される。
さっきの留守電を入れた男だ。
通話ボタンを押して、ああもうどうにでもなっちまえ。
『晋助か!?まだ標的は──
「はぁい、こちら標的坂田金時でっす」
『!?』
電話越しの男が言葉に詰まった。
「君ら俺を暗殺?したがってたらしいけど残念ながら生きてまーす」
『晋助はどうした…!?』
「携帯落っことしてどっかに逃げちまった。」
『…あやつが人を殺すのに失敗した事など一度たりともないのに…!…やはりぬしを好いていたのか』
「……っは?」
何言ってんだよ、こいつっ……
「あんないい奴が、そんなわけない…っつーか、俺を気に入っていた訳じゃねぇだろ!どん底に突き落とすために、殺すために近づいたんじゃ…」
『違う!拙者は万事屋の味方よりも何よりも晋助の味方、だから言おう……あやつはぬしに惚れていた』
「…っはぁ…!?」
そんなわけないだろ、ちぐはぐすぎる矛盾し過ぎている!
「ざけんな、俺は今あいつにフラれ………」
『とにもかくにも、つまり拙者は晋助の味方!今ぬしと話をするより晋助の無事を確認するのが先決。ぬしは今どこにいる』
「あーっと、○○町の──」
万斉って奴は高杉と一緒に万事屋を営むメンバーらしい。
しばらくすると、バイクに乗った青いサングラスとヘッドフォン装備の男が現れた。
「拙者が河上万斉でござる。晋助の携帯を返してもらおうか」
そう名乗ったそいつに、俺は携帯を渡さなかった。
「……何のつもりでござるか」
「俺も連れてけ。なら返してやるよ」
「!?」
奴は驚いたような色を見せた。
「ぬしに恨みを持ってるマフィアでござるよ!?そこにぬしを連れていけば袋叩きにされてなぶり殺されるに違いないでござろうが!」
「お前らそれが目的じゃん」
「…確かにそうかもしれんが、拙者はぬしを殺したくない」
「はい?」
「晋助が自分の大切なものを失うのは見ている拙者も嫌でござる」
「……そんなに…?」
いや待て俺、これも罠って可能性あるんじゃね!?
いや、でも連れてけっていったのも俺だし……
でもこいつも高杉もグルで、あっちに行ったら殺られる…か……?
「拙者は晋助の味方。晋助がぬしを好いているならぬしの頼みを聞くのが筋でござろうが、拙者がぬしを連れて行けば殺される確率が上がる」
「…確かに……」
「…だが、ぬしの力があれば出来るやもしれんこともある。」
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