笑顔(2)
その後、また処刑があった。
鬼兵隊は解散。
河原からの帰り道、奴はずっと黙りこくっていた。
いつもは身長差を隠すために、悠々と胸を張って遠くを見据え歩いているが、
泣きそうなのを堪えるときの高杉はいつも無言で下唇を噛み、頭を垂れて歩いている。
子供のときからの癖。
剣の稽古で怪我したときも、花札で負けたときも、大切に育てた花が枯れたときにもこの姿を見た。
先生がいなくなったときは、堪える余裕もなかったみてーだが。
神様って奴はとんだ鬼だ。
俺等から、否、こいつからどれ程のものを奪えば気がすむというのやら。
奴は俺に言った。
『俺は、この戦おりる。』
『……そーか…。』
その暗く曇った表情とは対極に、抜けるような真っ青の空を見上げて、奴は自嘲気味に笑う。
『俺は壊しに行くのさ、世界を、………全てを。』
その時、ただの例え話か何かだと思ったんだ。
『ふぅん…俺は巻き添えにしてくれるなよ?』
ふざけ半分で言うと、
『どうかな?てめェとは前々からあわねェところがあったからな…』
ククク、と肩を震わせて小さく笑いだす。
『まぁ、絶対に巻き添えにしねェってこともできるぜ』
『おめー何様だよ』
俺が高杉の上から目線に少し呆れていると、
奴の顔からスッと笑いがひいた。
『…………?』
『お前も一緒にどうだ?銀時。』
奴は突然足を止めて俺を見た。
片方は痛々しい包帯に覆われて見えないが、
奴の瞳の深緑は、こんなにも寂しげな色だったっけか?
『………高杉………?』
隣にいてほしいんだ、と奴の目が訴えかけてくる。
俺は…………
高杉はふいに口元を弛めた。
『なんてな。おめぇはここにまだ残んだろ?』
少しの身長差のせいで、高杉は俺を見上げている。
奴の背は、こんなにも小さかったか?
『あぁ、俺はヅラとかとここでもう少し派手にやってるよ。』
奴は、小さく『フン』と鼻で笑ってから前に向き直る。
『だろうな。俺は俺のやり方で、てめェはてめェのやり方で活動を続けりゃいいのさ。』
*
宿にかえって早々に荷造りを始める高杉。
『俺ァ一週間もしたらここを出る。』
俺は唖然として高杉を見た。
『…そんなに早くか…?』
寂しさが一気に込み上げてきやがる。
『ここに長居する理由もねェよ。』
『…行くんだな…。』
『あぁ。』
『…また、すぐに会えるよな?』
『てめェが死ななけりゃあな。』
高杉はいつものように嫌味ったらしく笑ったが、
涙をこらえているのがいやってほどに伝わってきやがる。
俺は奴に近づいて、唇を重ねた。
触れるだけの優しいキスなのに、泣くのを堪えていたあいつはぴくりと反応する。
『…銀…時…』
『高杉……寂しくなったら、すぐに戻って来い。』
そう言うと耳まで赤くして照れたようにそっぽを向いちまった。
『…………フン……』
指だけは、俺の指に絡めてんのが本当に可愛い。
高杉の赤くなった頬に口づけすると、睨みをきかせて俺を見た。
『ちょっ、…さっきっから何しやがんだてめぇ』
離れてしまうと思うと、その行動一つ一つが皆愛しい。
色んな思いが込み上げて、
たまらなくなってそのまま押し倒した。
なあ高杉?
本当は離れたくないんだろ?
───……俺もだよ。
*
『じゃあな。』
『…………おう……』
『やっとこの変態天パから離れられると思うとせいせいすらァ』
『ってめっ言ったな?今度会ったらその変態天パにどんな目に遭わされるか覚悟しとけよ』
言葉とは裏腹に、奴はちっともすっきりした顔しちゃいねぇ。
『……銀時…、』
『?何よ?』
『……ぁ……』
高杉が突然うつむいてなにか呟きだした。
『あ?』
『…あ、…いし、……てる…』
『!』
真っ赤な顔で俺を見上げる。
…これだからこいつは。
『………最後に、言ってやらねーとと思って…な………もう二度と言わねぇ』
目が泳いでる。
『……高杉っ…』
抱きしめると、奴の手も俺の背中にまわって抱きしめてきた。
『ああ、俺も愛してる。』
『…っ銀時…』
『…晋助……』
耳元でそう囁くと、奴の肩が震えた。
気を落ち着かせるように少しの間をおいてから、高杉は続けた。
『…今度会ったらよ……』
『うん?』
『また、今までみてぇに…わ………』
俺は奴の唇を自分の唇で塞いだ。
言わねぇでもわかるよ、高杉。
また、馬鹿やって笑いあおうぜ。
出来れば、ヅラや辰馬も含めてな。
唇を離してやると、高杉は恥ずかしそうに愛くるしい笑みを一つ浮かべ、
くるりと俺に背をむけた。
一歩、歩く。
それだけで、少し遠くなったような気がして。
欲張りかも知れねーが、もう一度抱きしめたくなった。
紫混じりの黒い髪を撫でたくなった。
何もかもを払い捨てるように揺れるその袖に無意識に手を伸ばしてしまいそうになり、
精神力でおさえる。
嫌な感じが胸の辺りを締め付ける。
だんだん小さくなっていく背中を見てたら、今すぐ走り出したくなって。
それもおさえて、唇を噛み締めて背中を見ていた。
喉の奥の方が苦い。
俺は甘党だってのに。
触れたら壊れそうで。
触れられそうになくて。
なぁ、また会えるんだよな?
また笑いあえるんだよな?
あの綺麗な笑顔を、
拝める日が─────
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