透明な希望(2)
疲れと景色と静けさに飲まれ、
夢か現実かわからなくなるような、空間。
冷たい風と身体中の傷の痛みが、現実だと言うことを物語る。
「……いつか、行けるだろうか」
「?」
ヅラの呟きに、俺達は一斉に奴を見やった。
「どこに行くんだ?おめーまで宇宙?」
俺が訊ねるとヅラはゆっくりと横に首をふった。
「違う。後ろを見ろ」
後ろにあるのは、今まで俺たちがいた戦場。
それを見ただけで綺麗なこの草原にまであの生臭さが届いたような気がして、思わず眉をひそめた。
「……ああ、なるほど」
次は高杉の声が落ちてきて、そちらを見る。
高杉の背景にあったのは草原から見える星空と、
仄かに明かりが灯る街と、
月を水面に映して輝く海。
「あぁ……」
血など流れない、俺達にはまるで無縁のように思えるその輝かしい風景。
きっとヅラは、今と過去の俺達との差を揶揄してこの草原の向こうのような輝かしい平和な未来を望む、ということが言いたいのだろう。
それはこの場の皆が…いや、俺達の戦友は皆そうだろう。
戦場で白夜叉や狂乱の貴公子と呼ばれたり鬼なんて名のつく義勇軍の頂点に成り上がった俺達にとって、今さら普通に生きるだなんて無理なこと。
だが。
「……おまんらの師を、取り戻せば元に戻るじゃろ?」
辰馬がそう俺達に問いかけ、笑った。
指先が赤く冷えた手を天に伸ばし、星を掴むようにぎゅっと握りながら。
まるで先生を、連れ戻すように。
「……ああ。連れ戻してやるに決まってらァ」
高杉が自信ありげにそう笑う。
つられて俺も笑った。
「おう、絶対取り返してやんよ」
ヅラも、辰馬も顔がほころんだ。
「ああ。貴様らとならやれぬことはなかろうて」
「アッハッハッハ、頼もしいのう!」
「なー、帰って宴会でもやらね?ここんとこたて続き戦だったから敵も物資の運搬とかで明日は忙しいと思うからさ」
「妙案だ。ちょうどこの間高杉がいい酒を買ってきていたな」
「てめーらには一杯しかやんねぇよ、せいぜい舐めて味わえ」
「なっ!皆楽しみにしちょったがよ!」
馬鹿みたいな会話をして、冷えて輝く空に見守られながら帰路についた。
月光の下で見た希望は
無垢で綺麗で透明で
まるで両の手からこぼれ落ちる水の雫ように
哀れに裏切られた
『『嘘、だ…ろ…?』』
この手に届けられてしまったのは
一つの
生首
透明な希望は一瞬で黒く澱み
俺達を見て嘲笑った
END
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