銀世界(2)

寒さで指が悴み、吐く息も白くなってきた。

『…なぁ銀時…寒ぃんだけど、せめて羽織…』

『ほら見ろっ、綺麗だろ!』

俺の言葉を遮って、銀時はガキみてぇに振り返って笑った。


『……!』


奴の肩越しに見えたのは、一面真っ白の世界だった。

砂利道に、葉のない茶色の樹、赤い椿やその緑の葉も、建物も何もかもが真っ白に染められていた。

否、白というよりかは微かに光っている。


こいつァ確か昔、先生が言っていた……


『銀世界…ってやつか』

俺が呟くと、隣で奴が反応する。


『え?銀さん下位?』

『ちげーよ、どんな耳してんだ』


そいつを横目で見ると、髪も服も、肌の色さえも白っぽくて世界に馴染んでいた。


『流石は“銀”だな』

くすり、と俺が笑うと銀時は更に不審げな顔をする。

『はぁ?あれか、銀だからメダルの二番目ってことか?』

『てめぇ馬鹿だろ…。』

呆れてから説明してやった。

『雪景色を銀世界、って言うだろ。銀同士てめぇにお似合いだ、っつってんだよ』


率直な感想だったのだが。

『…高杉ぃっ…!』

奴は何が嬉しかったのか、俺に抱きついてきた。

『!?ちょっ…、銀時!?』

いつもならどついて離すところだが、今は寒いから丁度いいカイロになるんでこのままにしといてやろう。

『こんな綺麗な雪が俺に似合うなんて言うのおめぇくらいだぜ?俺に合うのは血の紅くらいのもんだからよ』


何故か、耳元で話すその声が寂しそうだと感じた。

『クク、白夜叉のクセに紅ってか?』

俺がそう言うと、俺を抱きしめる銀時の手に込められる力が少し増した。


『おめぇまで白夜叉って言うのか……』


そうだ、こいつは白夜叉って仲間に言われるのがあんまり好きじゃねぇんだっけな。


『……悪ィ…』


謝ると、奴の手が俺の髪を撫でてきた。

『おー…。』





銀髪越しの雪が、静かに積もる。






銀時の肩に積もる雪を、俺はそっと払う。


すると。


『高杉さ、仲間しかいない宿の中でもいつも小太刀持ってんの?』

俺を抱きしめたまま、銀時が訊いてきた。

『あ?おぉ、いつ敵が来んのかわかんねぇし……
いつ、裏切られるかもわかんねぇから』

答えると、銀時がするりと離れた。

『………?』

『仲間信じろよ…。』

『え?』



赤い瞳が俺を覗きこむ。


『仲間信じねぇで誰信じるんだよ。裏切られるかもとか考えんな。何でそんなに一人で背負いこむんだよ?』


『別に一人で背負いこんじゃいねぇよ…ただ…』

『深く信じた仲間に裏切られるんのが怖ェのか?』

『……!』


腹の辺りがひやりとした。


『…違ェ…』

『じゃあ、信じた奴を失うのが怖ェか?』

『…やめろ…』

『松陽先生とか─…』

『っ銀時!!』

俺は思わず奴を睨み付けた。

銀時は少し口を閉じ、俺を再び抱きしめた。


『…大丈夫、俺達はおめぇを置いて居なくなることァねぇよ…裏切りもしねェ』


耳のすぐ上辺りから聞こえる甘ったりィ声が俺に囁く。


『だからよ、高杉。…仲間を信じてやれ。周りの奴等も…おめぇも可哀想だから……』

『…………………』

返す言葉が見つからなかった。

『万が一、おめぇを裏切るような不届きモンがいんなら俺が斬ってやるよ』

笑って奴が言う。


なんか、すげぇ苦しかった。

『……苦しい…』

呟くと銀時がパッと離れた。

『わ、悪ィ!』

銀時が離れても、胸の辺りを締め上げるようなこの感覚は変わらないどころが増すばかり。

『…銀時…』


何かが込み上げてきて、奴にしがみついた。




『…おいおい、俺が泣かせたみてぇじゃねーかコノヤロー…』


俺の目から生暖かいものが流れ落ちているのに気づいたのは、銀時がそう言ったから。

『違ェ…こいつは、っ……雪融け水だっ…っ…』

『苦しすぎる言い訳だな』

『黙れ、…自分でもっ、そう思った…』


寒ぃ。

もしかしてこの涙、凍んじゃねーの?

そんなことが頭を過ったのと同時に、奴の指先が俺の頬に触れる。

そして涙が拭いとられた。

そのまま、銀時の右手が俺の頬を包み込む。


『…銀とっ……』


ふいに唇に暖かい感覚が触れた。

言葉が遮られる。


銀時の唇だと気づいたのは、奴の唇が離れてから。

『…っ……銀時っ…』

『…高杉…』

唇を離してから銀時の腕が俺を抱きよせるが、俺は突然の出来事に顔が火照ってそれどころじゃない。

『…ちょっ、…銀時てめぇ何しやがるんだよ!』

涙なんざ驚きで止まった。

『お、泣き止んだか?』

『うっせぇ黙れ!』

『何で高杉君そんな真っ赤になって焦ってんの?』

『焦ってねぇし赤くもなってねェ!いいから離せっての!』

『だーめ、銀さん寒いんだもん』

『じゃあ宿に戻りゃいいだろ!』

『ねー高杉、寒いし宿で俺と一発熱くなるコト─』

『殺すぞてめぇ…!!』


雪の降る中、俺達は抱きしめあった状態でずっと喋っていた。

このままずっとこうしていられりゃいいのに、なんてアホなことも考えちまったくらいだ。

ま、この後二人揃って風邪ひいたがな。





しばらくしてあいつは戦から離脱した。

『こんなことしてたって、松陽先生は喜ばねぇよ。だからよ高杉、てめぇも──』

俺にも声をかけてきたが、俺は銀時を信じられずにその場に残った。




銀時の、 裏切り者。




だが、奴を嫌うことなんざ出来なかった。



俺はずっとずっと、今でもあいつを────






────愛している。








なぁ銀時。



この雪を見てるか?



おめぇの好きな銀色の雪だ。




おめぇのお陰で、俺もこいつが好きになったぜ?





痛いくらいに愛してるてめぇに、




痛いくらいにお似合いの、


この雪が。

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