愛しているを叫んで(9)
「……騒がしい…」
その高杉は牢の中で小さく呟いた。
外が何やらがやがやと声がする。
「…なァ、あんたもそう思うだろ?じゃじゃ馬よォ」
高杉は天井に視線をやりそう問いかけた。
「……いつから気づいてたアルか」
天井にへばりついて息を潜めていた神楽は、諦めたように飛び降りて地に足を付けた。
「馬鹿言えや。入ってきたときからずっと気づいてた」
坂本が通報される前、山崎が夕食を運びに来た時。
山崎が高杉に気を引かれているうちに、神楽はそろりと忍び込みずっと息を潜めていた。
「……」
「で、何でこんなうすら汚れたところにお前みたいのがいるんだ?」
神楽は不機嫌そうに高杉の檻を掴み、言葉を返す。
「…それはこっちの台詞アル。何で私がこんなとこにいなきゃならないアルか」
予想外な切り返しに高杉はくつりと笑った。
それに更に機嫌を悪くした彼女は吐き捨てるように高杉に言う。
「私は、お前の事なんて大っ嫌いアル」
「ああ、ヅラにも言われたなァ」
「でも銀ちゃんは大切アル」
高杉の吊るされた腕の先がピクリと反応した。
「お前が捕まってると銀ちゃんが悲しそうな顔するアル。それが嫌なだけヨ」
神楽は檻を掴んだ細い腕に力を込める。
檻はグニャリと曲がり、それを踏み越え神楽はずかずかと高杉の方へ歩み寄った。
高杉は驚きの表情を見せたが、すぐにいつもの微笑を口元にたたえる。
「そういや嬢ちゃんは夜兎だったな」
神楽は無言で首肯すると高杉の手錠の鎖を力任せに引きちぎって、牢の横にかかっていた錠の鍵を放り投げた。
力任せで乱暴なところはまるで自分の身近にいる夜兎のあの男とそっくりで、
その中で非道になりきれない動きが見えるのは自分の愛する男によく似ている。
そう思うとなんだか面白くて高杉は思わず笑いそうになりながら、鍵を拾い上げて手首の錠に嵌め込む。
ガシャンと音をたて、いくらか細くなった白い手首は解放された。
「ククク、礼を言うぜ嬢ちゃん」
「礼は銀ちゃんに言うネ」
神楽は警戒したように高杉を見据えた。
高杉はそんな神楽をからかうように頭をぽんと一つ撫でてから彼女の腕をくいとひいた。
「!?」
「そう構えるなよ、大人しくしてりゃ上手くやってやるから」
神楽は唖然としたように高杉を見上げた。
その間にも腕をひかれ出口へ連れていかれる。
「よォ」
高杉は扉を勢いよく開いた。
「!?」
真選組隊士達は皆目を見開き高杉に注目する。
銀時は神楽と高杉の無事な姿ににやりと笑った。
上から見ていた新八と桂も息をつく。
「高杉っ貴様…!」
真選組の隊士が走って高杉を斬りつけようとした瞬間、高杉はくすりと笑いその手首を掴み捻りあげて刀を奪った。
それを右手で握り、左腕を神楽の首元に回して後ろから拘束した。
「包帯っ何するアルか!?」
神楽は動揺のあまり名前も忘れて斜め上の男を睨み付けた。
「言ったろ、大人しくしてりゃ上手く逃げ切ってやるって」
高杉がほんの少し殺気を込めながら笑いまじりで神楽の耳元にそう声をかけると、やはり怖いのか神楽も押し黙る。
初めて振り替えられた瞬間の恐怖はまだ残っているらしい。
「あぁ!?チャイナてめぇチャイナのくせに何後ろとられてんでさァ!?」
バズーカで高杉に狙いを定めていた沖田は慌てて声をあげた。
「うっせーなサド野郎お前もテロリストに背後取られてみろヨ!?こえーんだぞ高杉ナメんなアル!」
「お前誰の味方だよ」
その会話に何とも言えない顔をして、高杉はふと辺りを見渡した。
「………ほォ…」
塀の上にいる桂と新八、真選組と対峙する銀時、そしてガスの煙が漂う屯所の中で隠れるように状況を見ていた坂本の姿。
かつての盟友がそろって助けに来るとは俺もまだ捨てたもんじゃねぇな、なんて考えながら高杉は片手で刀を構えた。
「おい総悟、撃っちまえ」
「え、いいんですかィ?」
「あの小娘ならバズーカくらいかわせんだろ」
「じゃもし怪我したら土方さんの責任ってことで」
「待てヨてめぇらぁぁぁぁ!こんな可愛い少女が避けられるわけないネ!高杉、やっちまえアルあんな奴等!」
土方と沖田の会話を聞いて神楽が怒り、高杉がまた何とも言えない顔を見せる。
沖田のバズーカがじゃきんと鳴り高杉と神楽に向けて発射された瞬間、高杉よりも少し早く銀時が飛んだ。
「!」
どかんと激しい爆音を鳴らして土煙が舞い上がる。
そこから飛んで出てきた影に沖田達が視線をやると、
高杉を肩に担ぎ神楽を小脇に抱えた銀時の姿があった。
歯を食いしばって木の枝に足をかけ塀を登った銀時は、息を切らして二人を桂と新八に預ける。
坂本もそれを見届けるとひょいと屯所の裏から逃げ出した。
「残ってる奴等は外に回れ!何としてもあいつらを捕らえろ!」
近藤の指示を聞いて、隊士達はパラパラと塀の外に出た。
「さあ、こっちだ!」
桂は退路をとっておいたらしく、新八と神楽を優先的に誘導する。
高杉は土方と近藤を見下して
「俺の法螺に踊らされて、大層ご苦労だったな」
一言そう言い、馬鹿にしたようにふと笑った。
近藤はわからないというように少し顔をしかめたが、土方はすぐにその意味を理解した。
「俺の部下、いるといいなァ?」
近藤もその最後の一言でわかったらしい。
「高杉ィィィィてんめぇ待ちやがれェェェ!」
「トシ!落ち着け!刀!俺達にあたるから!」
が、気づいた頃には、ぶちギレ騒ぐ土方を抑えるのに手一杯だった。
真選組の追っ手からも上手く逃げ出し、裏から出てきた坂本とも上手く合流して六人は路地裏に入り込む。
「チャイナさんと眼鏡の坊はどこか安全なトコに戻っておいた方がええぜよ」
坂本にそう言われ、新八と神楽は顔を見合わせた。
「え、でも…僕ら……」
「何のためにヅラに脅迫されたって設定にしたんだよ。お前等二人で新八の家にでも行っとけ」
珍しく真面目な顔をしている銀時にもそう言われ、ここは従っておいた方がいいかと思い新八と神楽は無言で頷きその場をあとにした。
「神楽ちゃん、大丈夫だった?怪我してない?」
少し離れたところまで歩くと新八は神楽を気遣うように顔を覗き込んだ。
「私は怪我なんてしてないヨ。高杉と銀ちゃんはわかんないけど」
「そっか。」
神楽の返事を聞くと新八は彼女の服についた汚れを軽くはらってやり、また歩き出す。
神楽は神楽で思うことがあるらしく、ちらりと先程までいた場所に視線をやる。
「?どうしたの」
足を止めた神楽を振り返ると、新八を見て神楽は悲しそうな不思議そうな顔をした。
「…アイツ、銀ちゃんにすごく似てたアル」
神楽の呟く程度の声を聞いた新八はさらに頭に疑問符を浮かべる。
「アイツって高杉さん?」
こくり、神楽は首肯した。
「さっき頭を撫でられたときと、後ろから抑えられたとき、まるで銀ちゃんと同じ動きだったアル。銀ちゃんに撫でられてるみたいだった」
新八はそれを聞きながら高杉の姿をぼんやりと思い出す。
どこか、ほんの少しだが似た匂いをさせているとは思った。
「あいつはまだ銀ちゃんが好きなのかもしれないネ」
二人の動きが似ている理由は、一番高杉に優しく触れた相手が銀時であったから──なんて本人達すら気づかないことに一体誰が気づいたであろうか。
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