愛しているを叫んで(7)

「…新八ぃ、私達どうすればいいアルか…」

銀時、桂、坂本の会話を聞いた新八と神楽は揺らいでいた。

「そんなの、僕だって…」

銀時に恋人がいて、しかも男だったというのも衝撃的だったが、女好きであちこちで孕ませて不祥事を起こす男でないという確証が得られたことでそれは百歩譲る。
とりあえず今は、相手があの高杉晋助であることが問題なのだ。

銀時が最近晴れない顔をしていた理由は十中八九それ。
かといって新八と神楽にはわざわざ犯罪者の高杉を助ける義理もないし、だが銀時の辛そうな顔を見るのも嫌だ。

「新八、銀ちゃんはどうしてあの包帯男を助けるのを拒んだアルか」

「わかんないよ。紅桜の一件で完璧に敵対関係が出来上がったのかと思えば、桂さんは助けに行くみたいだし」

かぶき町の人混みで、聞こえるか聞こえないか程度の声で話す二人はいつもとは全く違って不安げに顔を曇らせていた。

「おっ、今日はいつになく暗い顔してんなァあんたら」

ふいに前から声をかけられ、二人はいつの間にかに前に現れたその黒い影にハッとした。

「沖田さん……」

いつものような飄々とした立ち姿、話し方ではあったが何故かどことなく疲れているような沖田。

「はっ、なんでィチャイナ。そのシけた面」

「うるさいアル。お前こそ今日はいつもより目が死んでるヨ」

「旦那と一緒にしないで下せェ。俺の目はいつだって夢見る少年のように輝いてんのさ」

沖田は小さく欠伸をして、

「そういや、あんたらんとこの旦那ね」

話を切り出した。

「この間屯所の牢獄に入ってきたらしくてねィ。土方さんはそのせいか知らねェけどご立腹で近藤さんに楯突くわ隊士に当たり散らすわ…早く死なねぇかな…」

「沖田さん出てきて早々ブラックな発言やめてくれませんか」

「お前らが変なもん拾ってきたせいで銀ちゃんも今大変なんだからナ!?お前らばっか大変だと思うなヨ税金泥棒!」

神楽の言っている意味がよく理解できない沖田は小首をかしげたが、ふと思い出したように言葉を続けた。

「旦那といやぁ、今ザキが旦那のとこに使いっ走りに行ってるはずなんだが…」



一方、万事屋には。



「今日はなんだか面倒な奴ばっか来んな。今度はどうしたの山崎クン?」

隊服で万事屋に現れた山崎に皮肉っぽい口調で訊ねかける銀時。
それに対して、なんとも言えない苦笑いを浮かべて見せる山崎。

「一応旦那に聞いてほしいことがありまして……」

銀時は無言でその続きを促す。

「高杉晋助の処刑が、二週間後に決定しました」

山崎に背を向けている銀時の表情はわからないが、肩が小さく震えたのを山崎は見逃さなかった。

「…高杉が、旦那に処刑されたいって言ったんです」

山崎が更に続けた言葉を聞いて、銀時は大きな溜め息をつく。

「…ったくどいつもこいつも…」

「副長達はもちろん反対してるんですけど…高杉が、…」

「どうせあいつに脅されたんだろ。別にお前を責めるつもりもねぇよ」

くたびれたような顔をして振り返った銀時は、山崎の肩をポンと一つ叩いてソファに座り込んだ。

銀時は虚空を眺めながら考える。
きっと高杉の事だ、捕まったとしてもいざ処刑台に向かうときには逆に武器を強奪してこちらに刃向かい、逃げ行くに違いない。

((俺が相手の方が逃げやすいってか、舐めやがって))
だがその威勢の良さに銀時は小さく笑った。

「まぁ考えといてやるよ。人殺して金もらうなんざ良いこととは言えねぇけどな」

山崎に銀時はそう返答した。






「まぁいいや。で、新八くんは悩みでもあんのかい」

「え?」

「旦那が大変だってそっちのチャイナが言ってたじゃねーかィ」

「沖田お前何で新八だけアルか!私も心配しろヨ!」

「うっせー万事屋憎むべし(新八くんにだけは優しくすべし)ってのがあったの忘れたのか」

「んなもん知らねーアルっ!」

「何でィチャイナそう怒鳴るんじゃねーよ、女子の日かィ」

「てんめぇぇサドコノヤローやるアルか!?」

「あーもう二人とも顔合わるたび喧嘩するの止めてくださいよ」

今にも噛みつきそうな神楽とにやにやしている沖田の間に仲裁に入った新八。

「……おいサド…」

少し大人しくなった神楽は、沖田に問いかけた。

「お前は、いつも悩みなんて無さそうなゴリが真面目な顔して悩んでたらどうするネ…?」

「悩みなんて無さそうは失礼だよ神楽ちゃん」

沖田は、質問を聞いて軽く空を仰いだ。

「───何をしてでも、力になってやりまさァ」

遠い目をして言葉を続ける。

「だがね、今の俺じゃあの人には遠いんだよ。大層な力になんてなってやれねェ。悔しいけど、結局はいつも隣にいる土方さんなんでさァ」

いつもポーカーフェイスな沖田の意外な本音の一片に、二人は驚いたような顔をして耳を傾けた。

「あんたらはさ、二人の間に上も下もなければ、旦那との間にも上司部下なんて関係ないだろ。旦那が大事なら、二人でどうしたいか決めて、どうにかしてやりゃいいや。
一番近くにいりゃ見えるだろ。旦那がどうしたいのか」

それは、あまりにも今更な事実だった。
それゆえに、そこに否定の余地などなく頷けた。

「…沖田のクセに生意気アルっ…」

神楽はふい、とそっぽを向いて新八の着物の袖口をつかむ。

「行くアルよ」

その表情には、迷いが見えなかった。

新八は突然引っ張られて驚いたが、

「あ、えっ……沖田さん、何か…ありがとうございます」

すぐに沖田に笑って礼を告げた。

沖田は礼など言われ慣れていないのかバツの悪そうな顔をして栗色の髪を掻きむしる。

「あー、ま、気にすんな。」

神楽はちらりと視線を沖田に向けて、小さくどもった。
それでも言った。

「…お前が、副長じゃなくても、…お前がいつもみたいにへらへらバズーカ打ってりゃ、ゴリラの支えにはなってるヨ」

ぽかんとした沖田の顔を再び恥ずかしそうに見やると、神楽は新八の腕を掴んで全力疾走した。

「どわぁぁぁぁ!?痛い痛いって神楽ちゃん──」

悲鳴にも似た声をあげて走り出す新八とその手を引く神楽の後ろ姿が町に消えるのを見送って、沖田はどこか嬉しそうに笑った。

「あ、沖田隊長!」

そして丁度入れ違いに、どこからか現れた部下が駆け寄ってきた。

「おーザキ。奇襲が来るぜィ、刀しっかり磨いでおきな」

会って第一声がそれだ、山崎は困惑したように首をかしげた。



新八は前を走っている神楽に息を切らせながら尋ねた。

「神楽ちゃん、神楽ちゃんはどうしたい?」

神楽は答えない。
代わりに新八の腕を掴む強さを強める。

そのまま走り続け、ようやく神楽は足を止めた。

「ここは……」

神楽の視線の先にあるのれんを見て、新八は苦笑いした。

「考えることは一緒だねぇ」

「正直やりたくなんてないけど」

神楽は相変わらずむっとした表情でそうこぼす。

新八は北斗心軒の戸を引いた。

「あら、本当に来た。」

中にいた幾松は驚いたように二人を見た。

「こんにちは。」

「本当に来たってどういうことアルか?」

幾松の言葉に不思議そうにした二人。

「桂が連れてきた赤い服のお客さんが、二人が来るって予言してたのさ」

幾松はそう笑い、

「桂とそのお客さんは上だよ」

と付け足した。

どうやら坂本は、二人に銀時や桂の会話を聞かせるために万事屋の戸を開いておいたらしい。





その夜、再び桂は銀時の前に現れた。

二人が会った場所は、真選組屯所の数メートル前。

「……んなとこにいっと捕まんぞ、ヅラァ」

「ヅラじゃない桂だ。貴様こそ何をしておる」

銀時は桂から目をそらし黙り込んだ。

「………さ、酒を飲み
「嘘だな。」

「嘘じゃねーわアホ」

「アホじゃない桂だ。なら財布を見せてみろ」

「…………」

ごそごそと懐や袂を漁り出す銀時に、桂はふっと嬉しそうに微笑した。

「宝払いでもするつもりだったのか、たわけめ」

「気持ち悪ィからニヤニヤすんのやめろよ。わかってんだろもう」

「恋人奪還か」

桂の言葉に銀時は顔を曇らせた。

「…俺は、もうあいつの恋人なんかじゃねぇのかもしれねぇ…」

銀時の言ったことに、理解できないというように桂は首を傾げた。

「いや、つまんねぇ話さ。それよりお前は何でここにいんだよ」

銀時は桂に向き直り問いかけると、桂はドヤ顔で

「貴様をつけてきたからな!」

と大声をあげ、銀時に頭をボカンと叩かれた。

「ばっか、真選組に気づかれたらどーすんだよ!」

「ふっ、そんな台詞を吐くとは貴様も攘夷志士としての自覚を取り戻したよう
「てめーらと一緒にすんな!」

銀時は桂の口を片手で塞いで怒りのままに持ち上げる。

「ならば貴様には幕府の狗達に攘夷志士と認識されずに高杉を奪還する術があると言うことだな?」

そこをつかれると銀時はうっと言葉につまった。
ようやく地に足を着いた桂は声を低くして口を開いた。

「…こういうのはどうだ?」

背後からざっと音がして、銀時は身構え振り返った。

が、そこにいたのは──

「攘夷志士に人質を捕られて仕方なく高杉奪還に協力させられた」

坂本に肩を抱かれた新八と神楽だった。

神楽は不機嫌そうに「触んな病気持ちが!」とすぐに坂本を振り払ったが。

「お前ら……何して…」

「こやつらがおんしの助けになりたいと言ったんじゃよ」

坂本が神楽に殴られた頬をさすりながら銀時に笑いかけた。

銀時は動揺のあまり動けずにただ目を見開く。

「……俺さぁ、俺のプラモデルと違って慣れてねーんだよ…こういうの…」

息をつき、銀色の頭を軽く掻いて銀時は言った。

「………でも、人に罪を擦り付けんのは好きだからな、ヅラァ頼むわ。」

ひねくれた銀時の、精一杯の肯定だった。

「………行くぜ、てめーら…」






「あ、銀時。俺達の考えた作戦は今夜は実行できんのでな、明日に備えて今日はお家に帰ってしっかり体力を蓄えてもらわなければならぬのだ」

「え、ちょ。今のこれから全てが始動する感じだったじゃん。ラスボス前じゃんここ魔王の城じゃん。俺めちゃくちゃカッコ悪ィじゃん。」

「銀さん、そうそう世の中上手くいきませんよ」


というわけで作戦は明日からのようだ。

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