寂しがり屋は静かに嘆く(3)
銀八の部屋は俺が以前来たときと大差なく、テーブルの上にはビールの缶と苺牛乳のパックと煙草ケースが転がっていてベッドには寝間着代わりのグレーのスウェットと白衣がくしゃくしゃになって放置されていた。
「相変わらず汚ェな」
「ほっとけ。おら、風呂入ってこい」
俺がここに来るとよく着ていたジャージ(以前は銀八のものだったらしいが今は小さくて着れないらしい)が俺に向かって放られ、俺は煙草を吸いながらそれを受けとる。
「ナイスキャッチ〜」
「あ?」
冷やかす銀八に紫煙をふうと吹きかけると「痛い!なんか染みる!目がァァァ!」と叫びながら目をおさえ転がる。
「じゃ、風呂借りるぞ」
「相変わらず小生意気な奴だな」
「ほっとけ。」
風呂場に入れば、よく一緒に入っては襲われ犯された記憶のある景色。
以前俺が持ち込んだシャンプーと銀八が愛用しているシャンプーが並んでいた。
「……馬鹿じゃねぇの…」
ジャージといいシャンプーといい、まだとってあるなんて。
他にも見覚えのあるものがあった。
例えば俺が買ってやった眼鏡ケースとかスプリングコートとか灰皿とか、お揃いで買ったストラップとかこ洒落たライターとか。
普通別れた相手から貰ったものとか早々に捨てるんじゃないのか。
「…馬鹿はお互い様か」
そのライターは俺の制服の胸ポケットに入ってるし、ストラップは筆箱についている。
別れた気がないとか別れたくないって意味で置いてあるんなら嬉しいけど申し訳ない。
溜め息をついて、俺専用のシャンプーのボトルを持って風呂からあがった。
「あれ?早いな」
風呂上がりの俺を見てそう言う銀八は、コーヒー片手に持ち帰った仕事をしていた。
いつも俺が長風呂だと知っているのはこいつくらいのもので。
「そうか?」
「うん。じゃ俺も風呂入るかなー……あ、高杉ベッド使えや。俺はソファーで寝っから」
「えっ、あ………ああ…」
当然のようにベッドで一緒に寝ようとしていた自分を心の中で叱咤した。
俺は今、この人生の中で一番切ない日を迎えているかもしれない。
濡れた髪をくしゃくしゃとタオルで拭きながら、風呂場へ向かう銀八の背中を見送る。
「……喉、乾いたな」
ふと思い立った俺は水分を求めキッチンへ向かった。
苺牛乳以外にもスポーツドリンクくらいあるだろうと冷蔵庫を開けると、ドアポケットに並んでいたのは苺牛乳、ビール、普通の牛乳、サイダー……その他諸々の甘い飲み物。
今に生活習慣病になるぞアイツ…ってもう糖尿寸前だったか。
仕方ないからせめて茶ならあるだろうと野菜室や冷凍庫を物色していると、
「………?」
不思議なくらいたくさん冷凍された菓子が出てきた。
クッキーにトリュフにマーブルケーキ、マドレーヌにチョコブラウニー等、どれもこれも手作りのようだ。
バレンタインに女から貰ったのか?
いや、奴なら甘いものをこんな長期にわたりとっておくはずがない。
そもそも奴が貰っている姿を見なかった。
それに女が作るものはもっとこう、派手に飾り付けとラッピングが施されているものだがこれらには粉砂糖やナッツ等必要最低限のトッピングしかされていない。
「……銀八が…?」
銀八が作ったのなら合点がいく。
なら食えばいいのに。
ホワイトデー…とか?
そんなことを考えているうちに、冷凍庫が早く閉めろとピピーと音をたてたので閉めた。
こんな女みたいに馬鹿らしいこと考えている自分に嫌気がさしてならない。
仕方なく食器棚からグラスを取りだしお茶を注ぐ。
食器棚にちんまりと二つ並んでいた、銀八が異常なテンションで買ってたお揃いのマグカップは見て見ぬふり。
「ん、何見てんの?」
ソファーに座りテレビをつけ、意味もなくバラエティ番組をぼんやり眺めているといつの間にかに銀八が戻ってきていた。
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