吉原哀歌(7)
座敷の入り口から、聞いたことのない声が彼女の本当の名を呼んだ。
幻聴かと思ったが、違う。
どこか懐かしく低くて優しい声。
「……っえ…?」
その相手が誰かも認識する前に、後ろから手がまわりぎゅっと抱き締められる。
「ごめん、お待たせ」
肩に顔を埋めるその男の銀髪が目の端にうつった。
「………銀、…」
もうその男が誰なのかなんてわかった。
「銀時っっ!!」
彼女──晋は、振り向いて銀時の身体にすがりつくように抱きついた。
いつか一緒にいたころの銀時の匂いがした。
多少汗の匂いもしたが、全く嫌悪感はない。
顔をあげた銀時を見つめると、
たくましく端整な顔立ち、
少し眺めのふわふわな銀髪、
色素が薄めの白い肌、
優しげに細められ涙がにじんだ紅い瞳のどれもこれもが輝いて見えた。
晋の身体を抱き締めている腕もしなやかだがしっかり筋肉がついていて、昔の彼よりずっとずっとたくましくなっている。
「…本当に、銀時なのか……?」
「この国に銀髪紅目なんてそう何人もいないでしょ。そういうお前こそ見ないうちに綺麗になったじゃねーか」
綺麗。
今まで何千とその言葉を聞いてきたが、こんなに嬉しい言葉だとは知らなかった。
「どっかの知らねぇ男に買われる前に、迎えに来た」
坂本から桂に、そして銀時に話が伝わったんだろう。
「立てる?」
くい、と銀時に手をひかれ晋は頷きながら立ち上がる。
自分より頭一つ分ほど背の高くなった銀時の肩に再び顔を埋めると、また涙が止まらなくなった。
「銀、時っ、会いたかった……!!」
「うん、俺も」
切なげな表情の銀時は、会いたくて会いたくて仕方なかった想い人を抱きしめその頭を撫でる。
「ありがとな、お前がいなけりゃ俺はっ………」
「晋。」
晋は名前を呼ばれ顔をあげると顎をつかまれ、銀時の唇が晋の唇に重ねられた。
「んっ……ふ…」
柔らかくて優しくて、好きな人との接吻とはこんなにも心地いいものだったのかとまた涙が伝う。
「晋、行こう。金はさっき払ってきたから」
「そういえばお前、金足りないんじゃ………」
「ちょっとね。づらとかに借りちまった」
銀時はそう苦笑いした。
ならこれからは二人で働いて返していけばいい、なんて晋は頭のどこかで考える。
店の通路を銀時にひかれながら歩き、店の入り口に出るとそこには禿のまた子がいた。
「姉様……」
晋の表情を見て、隣の男が今まで焦がれていたその人と気づいたのだろう。
また子は嬉しそうな寂しそうな、なんとも言えない表情で晋を見た。
「今までありがとうな、また子」
「よかったっす…よかったっす、姉様…!」
泣きながら晋に抱きつくまた子は濡れた眼でじとりと銀時を睨んだ。
「遅いっすよ、姉様がどれだけあんたを待ってたかわかってるんすか!」
「え、ちょ俺?」
突然幼い娘に説教された銀時は戸惑い視線をおよがせ、晋に
「こいつお前の禿?」
と訊ねる。
晋が首肯すると、銀時はまた子に
「その分これから幸せにしてやるつもりだから」
と力強く言い放った。
また子はそれを聞くと安心したように晋から離れる。
「姉様、お元気で」
「お前もな。」
晋は久々に下駄を履いて外に出た。
からん、と懐かしい音がする。
先程まで雨が降っていたのか地面はぬかるんでいたが、まぶしいほどの太陽が晋を照らした。
「姉様、最後にお名前を教えてほしいっす!」
銀時に肩を抱かれた晋は店の方を振り向き、今まで見せたことのない幼い娘のような顔で笑った。
「晋、だ。高杉晋。」
紫陽花の咲く梅雨はもう終わり、
向日葵が輝く夏へと季節はむかっていた。
END
長かった………!
亜沙様、重音テトちゃんの吉原ラメントという歌を元に。
だがあの歌の素晴らしさを私の文才では表しきれなかった……
ここまで読んでくださりありがとうございました
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