吉原哀歌(5)

さりとて、この籠の中にいては彼女はただの品物に過ぎず、時間は刻々と過ぎていく。

桂が来ればこの話も出来るのだが、何度雨が降ろうと彼は来ない。

「元気にしちょったか!」

「これはまた珍しい……お久しゅうぶりでおすなぁ、坂本の旦那」

彼女の常連、というよりは吉原の常連、坂本という男がある日現れた。

土佐の方から江戸にやって来たらしく、土佐弁と明るい雰囲気を持ち合わせてうねる茶髪に凛々しくもたくましい顔を持つ彼は吉原の遊女達に人気だった。

「そういやおまん、身請け先が決まったらしいのう」

「どこでそれを?」

「この店じゃ小さな噂になっちゅうがよ。いつ頃じゃ?」

「…二週間もすれば…」

「寂しくなるのう」


坂本は寂しそうに笑ってから彼女に猪口を持たせた。

「?」

「お祝いじゃ。飲むぜよ」

「ありがとうおざんす」

坂本がその猪口に注いだ酒を飲み下すと、喉にわずかな熱さが残る。

「わしの知り合いがのう、この間こんな話をしとった」

坂本も酔いが回ってきたようで、思い出したように唐突に話し出した。

「まぁそいつの知り合いの話らしいんじゃが、
とある仲のええ幼馴染みがおって、その一人の娘っ子は遊女として売られたんじゃと」

「………へぇ」

彼女は驚いたように坂本を見た。
自分と彼を思い出したからだ。

そんな彼女をよそに、気持ち良さそうに坂本は続ける。

「片割れ─男の方は、その娘っ子にたいそう惚れとったそうでのう。そんで、彼女を取り戻すためだけに脇目も振らず稼いで稼いで、その望みがやっと叶うと大喜びしとるそうじゃ」

彼女はかちゃん、と空になった猪口を落とした。

「………銀時…」

「?どういたがじや」


坂本がその猪口を拾って彼女の顔を覗くと、


「………時雨?」


泣いていた。





「なぁ旦那…貴方さんの知り合いって人は、もしかして桂って名前の男じゃありんせんか…?」


彼女は震える声で訊ねた。

「おまんの客か…?」

「客…、より、友達と言った方が近いでおすなぁ」

「そうか。おまん、あやつの友人じゃったか…」

坂本は彼女に手拭いを差し出しながらそう言った。

「じゃあその遊女はおまん、か。身請けする男は…」

「身請けするのは、銀時じゃねぇっ…!」

彼女ははっとした。
思わず素の口調で、しかも声を荒げて話してしまった。

「申し訳ありんせん旦那、わっち…」

「ええよ、気取って喋らんでもええきに」

坂本の笑顔と言葉は彼女を落ち着かせた。

彼なら自分の素のままでも、というよりあらゆる物を受け止めてくれるような気がする。
彼女は自分の─昔銀時の口調を真似ていて体に染み付いてしまった男らしい話し方で続けた。

「俺の客の一人だ。…銀時っつうのはその俺の幼馴染みなんだが…あいつには売り飛ばされてから一回も会ってない」

「一生懸命働いとるんじゃな」

「そうさ。小太郎は俺にいつも銀時からの手紙を届けてくれて、その手紙にもそろそろ金が貯まってるって書かれてた」

止まりかけていた涙がまた右の目からぽろぽろと落ちてきた。

「だけど……間に合わない」

「二週間じゃ貯まらんのか」

「恐らく、な。もう…あいつには会えねぇ………」

坂本は泣き崩れる遊女の細い身体を抱きしめ、背中をとんとんと叩いてやる。


「づら…桂にゃわしが話を伝えてやるきに、…おまんらが一緒になれるようにの…」

「っっ……さか、もっ……」

暖かい声。
この男は時として銀時に近いものを感じることがあった。

「今日は抱かん。寝るとええぜよ」

「ごめ、なさ…」

「すまんのう、想い人がおったんに今までおまんを何度も抱いて」

申し訳なさそうな顔でそういう坂本。

「んなこと………」

だがそれが自分達の仕事なのだ、というより先に姫抱きにされ、布団に寝かされてしまう。

「さかもっ
「ほれ、布団に入るぜよ。わしゃまだ酒を頂くちゃ」

横になっても痛くないようにと、彼女の髪から簪を抜く坂本に慌てて起き上がり彼女はまだ言葉を続けようとしたが。

「それじゃ俺は仕事──」

「気にすることないきに」

男の優しさに甘え、彼女は泣きながら眠ることにした。

「……ありがとう…」







『銀時、会えるのかな』





早く、どうか早くこの身を買っていただけないでしょうか。


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