吉原哀歌(3)

雨は夜までしとしとと静かに降り続けていた。

「姉様、化粧終わったっすよ!」

「ああ、ありがとう」

「姉様は相変わらずお美しいっすね」

姉女郎の化粧を終えた禿は嬉しそうに彼女に微笑んだ。

「お前もそろそろ十六だろう、禿も卒業しちまうのか」

「そうっすね……私はずっと姉様の禿でいいっす、というか禿でいたいっす!」

「また子…」

「せめて姉様の思い人が、姉様を迎えに来る日まで」

この禿のまた子だけには自分の過去の話をしたことがあり、彼女を最も理解してくれているのだ。

「そうか、」

「あ、そうだ姉様、今夜は桂さんがいらっしゃるかもしれませんね」

「ああ…そうかもなぁ」

桂、という男は彼女の常連客の一人である。

常連客とは言っても彼女の身体目的ではなく、純粋に彼女に会いに来る彼女の数少ない友人だ。

彼はかつて銀時と同じく近所に住んでいて、二人の関係と事情を知った上で応援しようとしてくれている。

「また子、ちょいと」

外からまた別の女郎に呼ばれたまた子は軽く会釈して部屋を出ていった。

しばらくして、予想は的中し彼がやって来た。

「邪魔するぞ」

やれやれ、と言ったように黒い長髪を揺らしながら座敷に入ってきた容姿端麗なこの男こそ、桂である。

「相変わらず雨の日しか来ねぇのかぃ」

「一応俺も追われる身だからな」

彼の話によると彼は犯罪者などでなく革命家らしいのだが何故か同心や岡っ引きに追いかけられているらしい。

「なぁ、今日も手紙持ってきてくれたか?」

「当たり前であろう、俺の仕事の一貫だからな」

「人助けが、か?」

「否、貴様らを支えることだ」

彼女はわくわくしたように桂の懐から出てきた手紙を受け取り、代わりに彼女も手紙を渡す。

桂が受け取ったそれには“坂田銀時様”とだけ書いてある。

桂を通じて銀時と文通しているのだ。

桂という友人と、この手紙、この手紙の奥にいる想い人の存在だけがこの籠の中で彼女を癒してくれる。

お互いに思いあっているのだ、銀時が直接会いに来ればいいものをわざわざこんな形をとっているのにも理由があった。
銀時も彼女に会いたいのは山々だが、それより早く彼女を自由にしてやりたい。

彼女を買うために会わずに真面目に仕事をして貯金を続けている。

「昔のあいつを思えば、真面目にこつこつ働くなんて到底思えないけどなぁ」

「それだけ貴様の存在が大きいのだろう」

「早く会いてぇな」

嬉しそうに手紙を読みながら呟く彼女を、桂はまるで兄のように優しく見やって髪型が崩れないように頭を撫でた。

「ん?」

「貴様は強いな」

「銀時がいつか来るって信じてるから」

「そうかそうか。銀時も頑張っておるぞ」

「楽しみだ」

桂に酌をしてやりながら、彼女はふと思い出したように言う。

「そういえばお前は俺を一回も抱いたことないよな」

「抱かれたいのか」

「いや。抱きたいか」

「想い人のある遊女を苦しめている他の下衆共のようなこと、ましてや遊女も想い人も大切な友人だというのに出来る奴があるか」

「お前はいい奴だな」

「貴様のために働く銀時の姿を見れば誰もそんな気を起こすまい」

桂が帰ったら、大切な人からの手紙をじっくり読む。

そのとある一行に、こう書いてあった。


“そろそろお前を買えそうだ。もう少しの辛抱だぞ”

「っ………!!」


彼女は泣いた。


嬉しさのあまりひたすら泣いた。

「銀時、」

十年会わないうちにあの人はどうなっているのだろう。

きっと自分のために働いてきてくれた身体は筋肉がついて体つきもしっかりして、性格は変わらないでいてくれれば、なんて。

十年ぶりの外の世界はどんな色だろう。
よく銀時と一緒に遊んだ向日葵畑にまた行きたい。
日光を目一杯浴びたい。




「やっと……」


そう、やっとだと思ったのだ。



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