しょうせつ
2013/08/30 23:23
「俺を殺れるのは、俺しかいねェ…」
目の前の俺に告げた。
流石同じ人間だ、俺の意志も何も全部理解したという顔で俺を見下ろしていた。
胸に刺さったかつての愛刀は、俺の汚い血で赤く染まっている。
これで、俺と言う存在は世界から消えても―――
大切なものは全部救われる。
新八、神楽。
真選組の馬鹿共にかぶき町の奴等。
攘夷戦争で背中を任せた奴等。
走馬灯は一瞬のうちに脳を巡って、瞼はどんどん重くなっていく。
すまねェな、新八、神楽―――
それと、過去の俺。
『銀時』
何年、聞いていないだろう。
懐かしくて懐かしくてたまらない声。
『銀時、』
静かに俺を呼ぶ声。
ああ、これは。
「松陽先生、」
静かに目を開くとそこには昔と変わらず優しい笑顔があった。
どこか悲しみを帯びていたが、それよりも目の前のその存在に俺は涙が出た。
『銀時、おいで』
微笑みながら腕をひろげる先生。
子供の頃のように、迷わず俺はそこに飛び込み先生を抱きしめた。
『言いたいことはたくさんあるよ。でも、その前に』
俺の背中をとんとんと優しく叩きながら先生は語りかける。
『辛かったね、銀時』
俺は子供のように大泣きした。
松陽先生の肩にすがりついて、しゃくりあげて。
それでも、先生は何も言わず俺を抱きしめてくれていた。
「先生、俺ァ、約束を守れなかった」
少し落ち着いてから俺は先生に言った。
「戦のとき仲間だった奴等もたくさん死んじまったし、高杉とも離別しちまった」
ここは天国ってとこらしく、俺はやっぱり死んだらしい。
足元には俺がさっきさよならしたばかりの町の風景が浮かんでいる。
だんだんと色が変わっていって、灰色の瓦礫と死体だらけだったその町は、綺麗な青に戻った。
きっと五年前の俺が十五年前の世界に消えたんだろう。
「……これで、」
世界は元通り。
例えそこから俺という存在がいなくなっても。
『そんな顔をするんじゃないよ』
松陽先生が話しかけてきた。
『忘られてしまうのは辛いでしょう。たくさんの人の中から居なくなってしまうのは、悲しいなんてものじゃないでしょう』
言葉にならない胸のうちのこれは、それなのか。
「……そうだな」
『銀時、こっちを見てみなさい』
先生はある方向を指差した。
そこにうつっていたのは、十五年前の戦場。
「……な、」
そこには、色鮮やかな謎の軍勢が。
よく見れば、背が伸びてもどこかパッとしない眼鏡に、身体の成長に頭が届いてないチャイナ娘。
死んだはずの怪力女、税金泥棒のチンピラ警察−たくさんの馬鹿共の姿がそこにあった。
『銀時、お前はまだこっちに来てはいけないね。こんなにたくさんの人が、お前を待っていてる』
駆け出した軍勢は止まらない。
ひたすらに攻め混んでいって、お互いを護りあって。
『こんなにたくさんの人を、お前は今まで護ってきた…助けてきたんだね。皆、銀時を大切に思ってあそこにいる』
先生の言葉が、あいつらの姿が、
じわりじわりと胸に染み込んでいく。
『行きなさい、お前はちゃんと大切なものを護ったじゃないか。最後まで護りぬきなさい』
昔と変わらず、俺の背中をそっと押して先生は笑って見せた。
大切なもの。
『あの人達とお前の望む、銀時のいる未来を』
それを望んでいいんだと、
この人は俺に静かに暗示した。
「先生、」
『銀時。もうひとつ約束をしてください』
先生は左手の小指を俺に向け、そう言った。
『私は、ここでお前を待っていますから。
お前は、大切なものを護り通して、幸せなおじいさんになってから私に会いに来てください。』
待ってるだけなんて楽じゃねぇか。
いや、待ってるのは苦しいもんだったな。
「わかったよ」
大往生してやらあ。救えなかった、あんたの分も……
最後に、寂しげな先生の顔が見えて、俺は落ちていった。
ああ、あちらさんもすべて片付いたようで。
たまに、山崎にどんどん元の世界に戻っていく。
元の世界で、全て無かったことになって、この約束を忘れても俺は。
次こそはたくさんの約束を、叶えてみせようか
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