銀誕
2013/10/12 23:22
この身体に知らず知らずのうちに根付いていた忌々しい呪い、それがこの紅い印として目に見える形になり浮き出てからというものの、今までせわしなく過ぎていった時間が恐ろしいほど長くゆっくりまわり始めた。
自らの手で少しずつ廃れていくこの世界で、廃れた建物に残ったわずかな食糧を烏のように漁って食う。
それはまるで自分が味覚を失ったのかと疑うほどに不味い。
また今日も、死ぬに死ねない魂を引きずりながら握り飯を口に放った。
「………味気ねぇなぁ」
いつ瓦礫が崩れるかわからない誰も寄り付かない大江戸ターミナル跡地に身を潜めてもう数ヵ月。
遠くでガシャンとアスファルトが崩壊した音を聞きながら、銀時は昔のことを思い出していた。
それはそれは昔、まだ彼が何も知らなかった頃。
骸に変わり果てた志士達の荷物を漁り食糧を食らい、使い方も知らない刀を必死に抱え込み虚勢を張っていた。
人がいない場所で目的など無くいつ死ぬかすらわからない状況に孤独を感じているのは昔も今も同じ。
((そうだ、昔に戻っただけじゃねぇか))
昔に戻った、というには銀時にとっても他の人間にとってもこの世界は過酷だった。
子供だった彼には知らない事が多すぎた。
悲しみも、喜びも。
彼が感じていた虚無感を『寂しい』と呼ぶことを、誰かの温もりが『あたたかい』ことを、誰かを護ることが誰よりも強くなる術だということを、教えてくれたのは全て師の松陽だった。
ただ、今は知りすぎた。
人の温もりを知ってしまったからこそ寂しさが増すことを、誰かを護れなかった時の自らへの絶望を。
「先生、」
全てを教えてくれたその恩師に、恩を返すために戦った。
その為に大切なものをたくさん失って、挙げ句の果てに恩を返すことも出来ず、何もできずにいたずらにたくさんの命を切り捨ててきてしまった。
その咎もぬぐいきれないままに、彼はまたたくさんの命を殺している。
そこに彼の意がなかったとしても、それが彼をどれだけ苦しめているかなど理解する人もなしに、彼は罪を背負いながら壊れていく身体で壊れていく世界を眺めていた。
「鬼の背負いし業、ね」
銀時を鬼と呼ぶ人間が周りに少なくなっていき、無理やり封じ込めたその名前はいつまでたっても苦しめる。
『銀さん』 『銀ちゃん』
しばらく見ていない彼等の顔を思い出して銀時は静かに頬をゆるめた。
しばらく、といっても数週間前だろうか。
銀時は彼等の顔を、銀時の名を呼びながら走り回る彼等の姿を見ていた。
一日二日やそこらなら、きっと帰ってこなくても説教されるだけだろうけれど、もう数ヵ月姿を見せない銀時がどうしても心配になったのだろう。
何度、彼等の呼びかけに答えてしまいそうになっただろう。
何度、彼等にすがりそうになっただろう。
そして何度、彼等の姿に励まされただろう。
『銀ちゃん、銀ちゃんどこにいるアルか……!嫌アル…さっさと戻ってきてヨ…』
『銀さんはきっと大丈夫だよ…ねぇ、もう一回手分けして探そう?』
肩を震わせて、いつものようなあっけらかんとした様子を無くした少女に、
今は自分がしっかりしないとと自分と少女を奮い立たせる少年。
「新八、神楽……」
『銀ちゃん…、もうそろそろ銀ちゃんの誕生日アルよ、早くしないとケーキ残しておいてやらないアル……』
神楽の言葉で、もう秋に差し掛かっているのだと知った。
自分の出生すら知らない銀時にとって、誕生日は松陽と出会った日。
自分が、初めて温もりを知った日。
その日から、毎年毎年誕生日には温もりが側にあった。
『晋助、小太郎、銀時に言いたいことがあるんですよね。』
『銀時!はっぴーばーすでぃとぅーゆー!!』
『天パ野郎!……お、おめでと…』
『坂本、今日は銀時の誕生日なのだぞ』
『ほう、そりゃめでたいの!よし酒じゃ酒!』
『おい辰馬ァそれ俺がこの間買ってきたやつじゃねぇか勝手に開けんじゃねぇ』
『銀ちゃんは誕生日いつアルかー?』
『十月の十日ですか。じゃあお祝いしますよ、給料出してくれれば』
ポツリ、一粒雫が落ちた。
それからアスファルトの色を濃くしていくように、弾けるような音をたてて大きな雨粒が降ってきた。
「……雨か…」
今朝方風に吹かれて飛ばされてきた新聞紙が雨に打たれて水を吸い込みじとりと重くなっていく。
日付欄の、十月十日の文字がじわりと滲んでいった。
生まれてから初めての、
ひとりぼっちの誕生日
祝えてない………!!(汗)
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