※WC桐皇戦後





沸き上がる歓声がだんだん遠くなって、私はただ目頭が熱くなるのを感じた。コートの中には言葉では表せられないくらいの喜びを分かち合っている誠凛バスケ部の皆さんの姿。嗚呼、こんなにも胸が熱くなる試合を私は見たことがあっただろうか。
怪我でバスケをやめて早数ヶ月、必死に抑えてきた衝動が沸々と溢れ出す。私もボールに触りたい。チームのみんなと全力を出してプレーして、勝利の喜びを分かち合いたい。…しかしそれはもう叶わぬ夢なのだ。帝光中学女子バスケ部キャプテン名字名前は、あの事故の日と共に死んでしまった。日常生活をするだけで精一杯の脚、免疫力が低くなった体。羽根が生えたように軽かった体は、今では錆びた鎖がついたように重くなってしまった。
自棄になっていた私を助けてくれたのは黒子くんだった。家が一番近い誠凛に入学したら、中学時代忽然と姿を消した同級生、彼がいた。そのころの私は何も考えれなくて、よく黒子くんに当たっていたのに黒子くんは優しく受け止めてくれた。
怪我をしてから私はバスケから逃げるようになった。食い入るように見ていたバスケ雑誌も、1日1回は触っていないと気がすまなかったボールも、バッシュも、全て捨てた。そんな中黒子くんから「試合見に来て下さい」の一言。黒子くんは無理強いはしなかった。でもそれが辛かった。結局私はどんなにバスケから逃げてもバスケが大好きなのだ。
対戦相手を知らなかった私は、コートの中の青峰くんの姿を見て驚いた。青峰くんとの試合だから、黒子くんは見に来いって言ったのか。
試合が終わって、目頭が熱くなって、でも涙は流さなかった。流しちゃいけないと思った。ついこの間まで自分のことしか考えられなかった私が、黒子くんにまつわることで涙を流すなんてしてはいけないと思った。袖で力一杯目を擦る。腫れてしまうかもしれないのは分かっていたことなのに、私は涙を流さないようにするので必死で、気にかけることは出来なかった。
携帯の着信が鳴る。黒子くんからメールが来ていた。会いたい、と書かれていたけれどこんな状態で会うなんて無理だったので、私は返信せずに見ない振りをした。今黒子くんに会ってしまったら、私は絶対に泣いてしまう。


□ □ □


「なんで返信してくれないんですか」

ばれないように、裏の入り口から帰るように考えていたのに、私は黒子くんに呆気なく見つかってしまう。ぽかん、と口を開けているとボクは人を見つけるのも得意ですと言われて、私は苦笑いをした。

「…私は、会っても何も言うことはないよ。強いて言うなら、おめでとう。あと、おつかれさま」

黒子くんの顔を見ずにそう言った。こうなったら仕方ない。一言二言会話して、すぐに帰れば大丈夫だ。私はさり気なく黒子くんから顔を背けてたまま言った。しかし黒子くんからの返答がなかったのでちら、と黒子くんの方を見ていたら優しく微笑む彼の姿があった。

「それだけで十分です。むしろボクは、あなたが試合を見に来てくれたことがなによりです」

だんだん、ゆっくりと黒子くんは私に近づいてきて、私は目をぎゅっと瞑った。見てやるものか。絶対に、泣いてなんかやらない。

「…泣いたんですか?目、腫れてます」
「っ、」

固く瞑った目の、瞼の辺りを優しく撫でてくれた。必死に擦って熱を持ったそこに黒子くんの指が触れて、なんだか冷えていくような感覚がした。

「泣いてないよ」
「嘘でしょう。あなたは優しいから、泣いてくれたに決まってます」

そう言った黒子くんの言葉が優しくて、また熱が目頭に集中する。どうして彼はいつも重い私の心をさっと軽くしてしまうのだろうか。

「私は、臆病で、自分のことしか考えられない。自己中心的なの。世の中で自分だけが可哀想って勘違いして、ちゃんと人のことを見れない、そういうやつなの」

事故の原因は自動車の信号無視だった。私がそこを通っていなかったら、私は事故に遭ってなかったかもしれない。でも、違う人が事故に遭っていたかもしれない。事故後より少しだけ冷えた私の頭は最近そんなようなことを考えるようになった。
考えれば考えるだけ重く真っ暗になる心を浄化するような黒子くんの言葉は、自分の意志を曲げるのが嫌いな私はとても苦手だった。

「君は優しいですよ」

黒子くんの綺麗な指が、私の髪に触れた。優しく髪を梳いてくれる黒子くんを今度はしっかりと見つめた。私は黒子くんが何を言っているのか分からなかった。

「君は優しいです。自分のことしか考えられないことをとても残念に思ってる。優しくない人は、そんなことすら考えません」

黒子くんの顔が近づいてくる。綺麗な水色が涙で霞んで、よく見えない。でも黒子くんの言葉だけはしっかり耳に届いていて、まるで道標みたいだと思った。

「それに僕だって我儘です。もう何度も君に無理を言ってる。なのに君は、僕が嫌いじゃないんですか?」

ぎゅっと抱き寄せられた。心地よい黒子くんの香り。重かった心も体も、意地をはっていた私の涙腺も黒子くんの前では全て消えてしまう。もうとっくに、バスケも黒子くんに対する思いも、答えが出ていた。でも、子供の私がまだ見ない振りしていたし、認めたくなかった。黒子くんに至っては、私が一番辛いときにいてくれたから、もしかしたらその場だけの感情かもしれないと思った。だからそんなの彼に失礼だと思った。
握り返せなかった手も、抱きしめ返せなかった体も、もう今はしっかり握るし抱きしめる。そうやって、彼が私を溶かしていってくれたように、私も色々なものに優しくありたい。

「嫌いじゃないよ、大好き」




∴僕と君との おもいあい




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Happy birthday to kuroko!!A
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