「彼女が出来た…!」

なんてことない海常高校の放課後。様々な生徒が部活に勤しんだり帰宅している中森山は体育館に来ると同時にそう言った。

「え」

すでに体育館にいた笠松、小堀、早川、黄瀬は驚愕し声を漏らした。

「本当か森山」
「ああ、今日は部活を見に来てくれる」
「すげぇっす森山さん!オ(レ)尊敬します」

しかし森山はいわゆる残念なイケメン、だ。それは虚しく終わった夏のナンパ作戦で証明されている。

「え、どうやって知り合ったんスか…!?」

黄瀬が森山に問うと、森山は待っていたと言わんばかりの顔をして語り出した。
どうやら夏のナンパ作戦失敗後、懲りずにネットの情報を駆使し一人で練習を繰り返し、再度ナンパに向かったとのこと。そこで出会ったのが後の彼女となる名字名前。森山がどのように名字をナンパしたかは知らないが前回から考えてもあまり期待はできない。結論から言うと森山はどうやらナンパに失敗したらしい。名字は森山のナンパのレベルの低さに爆笑し、そのあとお茶をすることを承諾してくれたらしい。

「結局失敗してんじゃねぇか」
「今こうして彼女になってくれたんだ。結果オーライだろ」

それからはなんの屈託のない話をして、同い年で同じ学校だと分かり、気も合ったのでケー番とアドレスを交換したそうだ。

「…その名字さん、超優しいっスね……」
「何を言う黄瀬。確かに名前は優しいが彼女と俺が出会ったのは運命だ。俺がナンパに成功してても失敗してても名前と俺はいずれ会う運命だったんだ」
「また言ってる…」
「でも良かったな森川」
「あーオ(レ)も彼女ほしいっす!!」

森山を囲んでわいわいと話している黄瀬は、ふと入り口の方にこちらの様子を伺っている女子生徒がいることに気がついた。それは恐らく森山の彼女の名字名前だろう。
黄瀬は気づかれないように輪から抜け出し、入り口に駆け寄った。

「噂の名字名前さんスか?」
「え」

ダークブラウンの髪を揺らして黄瀬の方を振り返った女子生徒は、やはり森山の彼女らしい。

「…あんなに騒がれちゃったら行くに行けないんだけど」
「まあ、気持ちも分かるっスけど…」

入り口から森山たちを見つめる名字の目は、言葉とは裏腹に嬉しそうで。黄瀬は森山から話を聞いたときから思っていた素朴な疑問を名字に問いた。

「なんで森山センパイなんスか?」

黄瀬は脳裏に焼き付いたあの頃の光景を再生する。泣き出す彼女、漠然とする俺。春間近の、少し冷たい風が2人を取り巻いたあの日。

「…確かに森山のナンパは最悪だったけど…」

苦笑して言う名字は少し考え込んでこう言った。

「強いて言うなら、率直だったから、かな」
「率直?」

彼女の答えに黄瀬は驚きの声を漏らした。

「ナンパって、要は誰でも良いって言ってるでしょ?だから嫌いだったんだけどね、森山にナンパされた時にこう思ったの。私が断ったらこの人は違う人に声をかけるのか、って。そんなの嫌だな、って」

外を見つめる名字は、外よりももっと遠い場所を見つめているようで。ぼそりと呟いた言葉が、黄瀬の耳に届いた瞬間黄瀬の心の中は何ともいえない微妙な気持ちになる。

「だからかなー。一目惚れだったのかも、ね」

にこりと笑って再び体育館に視線を戻した名字。黄瀬はただその姿を黙って見つめている。それしかできなかった。

「やだ黄瀬君、黙んないでよー。超恥ずかしいじゃん」
「え?あぁ、スンマセン…」

体育館に目をやると名字の存在に気づいた森山が最高の笑顔と共に名字に手を振っていた。それはもう、ちょっとうざいくらいの笑顔で。

「名前!入ってきてくれて良かったのに」
「いやーちょっと入りづらくて…しかも由孝君が超ノロケてて」
「聞いてたのかよ!?」

黄瀬は仲睦まじい二人を見てなんとも言えない気持ちになる。過去に囚われているのは自分だけなんだと思い知らされている気がする。

「名前あんまり黄瀬と話すなよ。イラつくから」
「何、嫉妬?」
「なんでスパッと言っちゃうかな…」

名字は嬉しそうに笑ってそのあとこう言った。黄瀬に追い打ちをかけるように。

「黄瀬君には惚れないから大丈夫だよ」

黄瀬は体育館に入り周囲に歓迎をうけている名字を見ながら、止まっているのは自分だけなのだと痛感する。
暗く闇が満ちている心に重く響く先程の言葉と、名字が呟いた言葉だけかずっと反響していた。


グッバイ、初恋


------------------
11/25 加筆修正
黄瀬の元カノ設定でした
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -