大好きな人がいた。
それは、俺がまだ中学3年生の頃の話。

巻き戻し恋愛



人気モデルの名前さんはとても明るく自由な人で、よく周りを困らせては楽しみ、そのとき自分が思うまま、自分を、周りをいい方向に動かす人だった。周りの人は名前さんを天性のパフォーマー、なんて呼んだりして。影で憧れていた人も多かった。それは俺も例外ではなくて、彼女に憧れていた。いや、憧れを通り越して陶酔していた。彼女の見ている世界を見たいと思った。そう、俺は彼女に恋をしていた。

「あれ、黄瀬くん、ピアスつけたんだ」

それはいつの日だったか、彼女は俺にそう言った。そういう彼女にも女物のような男物のような、シンプルでかっこいいシルバーの丸いピアスがつけられていた。

「名前さんに近づきたくて」

俺は笑って答えた。ばか、って軽く流されたけれど、あながち嘘ではなかった。まあ、それだけの理由でピアスをつけた訳ではないけれど少しくらいのってくれてもいいのに、なんて思ったりもした。

「黄瀬くんはピアスつけなくてもよかったのに」
「なんでっスか?」

否定しなくてもいいのに、と心の中で思った。ファンの子たちも褒めてくれたから、そこまで悪い訳じゃないと思うんだけれど。

「私がそっちのほうが好きだから」

にこ、と俺の方を向いて笑って答えた名前さん。でも笑った顔が、なんかいつもと少しだけ違って寂しそうに見えて、なんでだろう、と思った。思っただけだった。そのとき問いただせていれば、今と何か変わっていたのかも知れないけれど。

そして2ヶ月後、名前さんはパリに行った。在学中だった大学を辞め、パリでモデル業に専念する、と言っていた。
それを機に俺は名前さんに告白した。名前さんに俺じゃつりあわないって分かってたし、だから諦めるために伝えた。でも8割くらいは本気だった。まあ、案の定というか、断られた。ただ、そのときの名前さんが妙に小さく感じて、いつもの名前さんとは別人のようだったから脳裏に焼き付いている。
忘れられない人がいる、と名前さんは言った。その人はもうとっくにこの世界にはいないけど、自分に纏わりついて消えないと。俺はそのとき感じた。名前さんがつけているあのピアスは、その男と何か関係があるのだろう、と。名前さんはそのあと、黄瀬くんのことは嫌いじゃないし好きだけど、こんな自分のまま黄瀬くんに甘えたくない、と泣きながら言っていたのを俺は鮮明に覚えている。あの何にもとらわれない名前さんが、泣いている。消えないと、離れてくれないと。
それからは名前から逃げて、避けた。だってあんなに一生懸命伝えてくれた名前さんの気持ちに応えられそうになかったから。名前さんが消えないと言うように、俺の名前さんへの思いも消えなかったからだ。そんなことを考えているうちに名前さんはパリに行ってしまった。

俺が今持っているのは名前さんからの手紙だ。俺が一番最初に感じたのはこのメール社会の中で手紙なんて、名前さんらしい。手紙にはたくさんの謝罪の言葉と、これまたたくさんの感謝の言葉。それと、一枚の写真が入っていた。
それは名前さんがパリで撮ったであろう写真。景色の良い公園で名前さんが笑っていて、元気そうでよかった、と俺は安堵する。ただ少し違和感を感じてよく写真を見ると、名前さんの耳にあのピアスがないことだった。俺が感じたようにあのピアスは名前さんが消えないと言っている人からの贈り物だと手紙に書いてあった。何度も写真を見て、確認する。本当に、ない。俺は驚いて急いで携帯を取り出す。電話帳を開いて消そうか迷っていた名前さんのアドレスを出す。俺は少しの期待と怖さを胸に秘めながら、発信ボタンを押した。

指針が戻りだす
もう僕らは、迷わずに朝を迎えられる



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11/25 加筆修正
黄瀬のピアス記念に
密かにある企画さまに提出
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