※似非関西弁 『今吉のことが好き!』 そう言ったのは、確かな本心だった。嘘偽りはなかった。今吉を想っていた私の心の部分は、私の一番澄んだところだった。ガラス玉みたいに澄んでて、でも弱くて脆くて。私の一番幼くて素直なところだった。彼は底知れないから気をつけなよ、なんて友達に言われた言葉は既に手遅れで、私は全身全霊で彼を愛していた。 本気になってはいけないと、期待してはいけないと、分かっていたはずなのに。心の一番素直なところで彼を想っていた私は、彼のようにうまく気持ちを隠すことが出来なかった。要は何が言いたいかって限界が来た、ってことだ。 でもね、仕方ないと思うの。あたし、これが初恋だったんだから。 □ □ □ 「名字ー」 「……何」 おかしい。何がおかしいって、つい先日別れたはずの彼氏が私に普通に話しに来てることが。いつもみたいに嘘臭い笑顔を顔に貼り付けて。大好きだと感じていた彼の匂いも今ではあたしを不快にさせるものでしかない。 「……今吉部活は?」 「とっくに引退したわ。だからずっと名字にちょっかい出せるで」 「は?何言ってんの?」 別れよう、そう告げたのはあたしの方だった。つき合って下さいって言ったのもあたしだった。ほら。全部あたしなんだ。今吉は分かった、とかええよ、とか短い言葉ばっかり。あれ、好きって言われたことあったっけ?…考えるのも疲れた。とにかく、始まりのあたしが終わりを告げたんだがら、何もかも元通りなんだ。 「あたし帰る。今吉どいて」 「一人で帰るん?」 「見れば分かるでしょ」 うるさい、と悪態をついて教室を出ようとしたら今吉に腕を掴まれて、あたしの体は止まってしまった。今更、あたしに構ってどうするつもりなのだろう。というか、ここ数日つき合ってたときより話してる気がする。…それもそれで複雑だ。 「一人で可哀想な名字の為に一緒に帰ってやるわ」 「頼んでない」 「つれない奴やなぁ」 つれないのはどっちなんだかと、心の中で反論して私は今吉の腕を払った。こんなに彼に冷たく当たっているのは、まあ、散々放って置かれた仕返しと、捨てきれない思い、未練というやつを見てみない振りするためなのだ。でも、あたしはこれ以上今吉の傍にはいたくない。辛い。 「あれ、どこ行くん?」 「…どこでもいいでしょ」 あたしはすたすたと歩いて自販機のある中庭を目指す。今吉なんてもう知らない。忘れるって決めたんだから。だって同じクラスじゃないし、中学も一緒じゃないし、卒業してからの進路も違う。だから、恋人じゃくなったら友達でもなくなる。いっそ廊下ですれ違っても、お互いが気づかないくらいに。出会う前に戻りたいのだ。 「…い、今吉先輩!あの、ちょっといいですか?」 「え、あ…今は…」 あたしの後ろを歩いていた今吉が女の子に呼び止められた。ほら。迷ってる。こんなこと言うのも自惚れてるけど、あたしに未練があるなら迷ったりしないでしょ。所詮あたしは今吉にとってその程度の存在なんだ。だからあたしも今吉を恋愛対象から外さないと。あたしは足早に自販機へと向かった。 : 『あーあ、WC終わったらワシも引退やなぁ』 『そしたら卒業だね』 『せやなぁ』 名残惜しそうに今吉が言うから、なんだか私まで悲しい気持ちになった。今吉はバスケしてるときあんまり楽しそうじゃないけど、なんだかんだ言ってバスケ好きだよね。三年間捧げてるんだから。 『卒業かー』 『寂しいん?』 『だって今吉は大学じゃん?あたし専門だからなぁ…』 『……じゃあ卒業まで好きなだけちょっかい出したるわ。今まで放っておいてしもうたし』 『ホント!?約束ね!』 『はいはい』 : ついこの間、確か秋頃かな。そんな話をしていたのに。限界って、いつ来るか分からない。私は、今吉を好きでいることに疲れてしまったんだ。いつまで経っても見えなかった今吉の気持ち。見返りを求めてはいけないことを知っていたのに、彼のあの言葉を聞いて期待したのだ。私がずっと見ない振りをしてきた、見返りを求める気持ちを溢れさせてしまった。自販機でブラックコーヒーを買う。ひんやり冷たいそれは冬の寒さを際立たせる。 後ろから足音が聞こえてきて、振り返らなくても誰か分かってしまうことに少し苦笑した。 「やっぱここにおった」 「よく分かったね。でもこれから帰るから」 私は今吉に買ったブラックコーヒーを渡した。驚いたのか目を開いた今吉を見て、私は言った。 「WCお疲れさま。じゃあね、これは餞別」 やり残したこともやったし、これで本当に彼とは明日から何の関係もない。悲しいかと聞かれれば首を横に振ることはまだできないけど、気持ちは幾分か楽になったような気がする。 「……名字!」 今吉に名前を呼ばれた。私は振り返ることはせずに反対方向を向いたまま今吉の話を聞く。だって、今吉の顔を見たらなんだか泣いてしまいそうなんだよ。 「ごめんな。今まで、無理させてしもうて」 「今度はワシが名字を振り向かせてやるから、覚悟しときや」 「好きやで、名字」 私は握っていたスカートの裾をさらに握り締めた。結局、どうやっても私は今吉から逃げられないらしい。毛頭、逃げるつもりもないけれど。でも、まだあの頃そのままの気持ちではないから、もう少しだけ彼には頑張ってもらうことにしよう。 春はすぐ、そこに。 ∴いつかの瞬間を心待ちにしていました |