まるで星座でも作るかのように遠くなった夜空をなぞった。夏も近づく藍色の空は少しかすんではいるけれど、きらきらと輝く星たちは盛況だ。こぼれ落ちてきそうなほど、とはいわないけれど、ほぉ、と感嘆のため息をつくには十分すぎるくらいだった。

「ヒロト?」

 寝転がった土手からは緩やかに夏のにおいがした。青々と茂る芝生はごろりと横になるにはちょうどいい固さをしている。その、濃い緑よりも幾分か柔らかな緑の髪をふわりと動かして緑川の声が基山の名前を呼ぶ。日中の暑さを緩和するような風がふっと吹いて二人の前髪を揺らしていった。

「なんだい、緑川」
「・・・…いや、俺がそれを聞きたいんだけど」

 困ったように眉を下げる緑川の右手は、星をなぞっていない基山の左手にがっちりとホールドされていて、さらにいえばその手をとって緑川を芝生の上に転がした犯人も基山である。つながった右手と左手をきゅっと握り直すと緑川はそれ以上は下がらないだろうくらいに眉を下げた。別に理由なんてなかったのだけれど、ただ、緑川と星をみるのがとても魅力的に思えただけで。
 そう素直に告げると今度は困ったというよりも意味が分からないとでも言いたげに眉をひそめた緑川がその表情の通りに「ヒロトってときどき意味わかんないことするよね」と辛口な評価を下す。その意味のわからない男に抵抗もせずに手をつながせたままでいる緑川も大概変だと思うけれど、そんなことは言わない。

「そもそも寝転がる必要ないじゃん、汚れるし」
「そこはまぁ、ロマンだよ」

 やっぱり意味わかんない。あきれた声を上げる緑川はそれでもすぐにくしゃりと笑って「けど昔もこんな風に星をみたよね」といった。つながってない方の左手で緩やかに、先ほど基山がしていたように星空をなぞる。緑川のこちらより幾分も健康的な指先は、一体何を描こうとしているのか、昔を思い出している緑川はふわりと笑う。とくんと心臓がはねたのは、不可抗力だ。
 昔というのはたぶん、おひさま園のみんなでキャンプに行ったときのことだろう。あのときの方が空ももっと大きくて、それから星も多かった。あれならこぼれ落ちそうな星という形容をしても差し支えないだろうと思えるほどの夜空。そうだね、と柔らかく答えるともしかして忘れてたの?と緑川が笑う。

「あのときは確か、自分で好きな星座とか作り始めちゃってさ」

 緑川の指先は相変わらず星をなぞっていて、だけど特になにかを形作っているわけではないようだった。むしろ、なににしようか考えあぐねているようにくるくると動く。

「あのとき緑川はポッキーとかいってたっけ」

 そういって適当に一本線で星を結んでやる。そうだっけー?ていうか覚えてるんじゃん、と笑った緑川はヒロトは父さんだったなといって不格好な楕円を星空に作り出した。緑川こそなんで覚えてるんだよ、けらけら笑い続ける緑川に、今度は基山が眉をひそめる。その様子がどうやらさらにツボに入ったらしい、夜空に緑川の笑い声が響いた。
 ようやく笑いが収まってきたらしい緑川は、星空を見つめるために上を向いていた顔をくいっと基山の方に向ける。からかうような色を含んだ瞳は星みたいにきらきらしていて、やっぱり心臓がとくんとくんと心地良くはねるのを感じた。

「今なら」

 きゅっと緑川の方から指先に力を込めてきた。だけどそれを握り返す暇もなく緑川の言葉が紡がれる。

「今なら誰の星座を作る?」

 やっぱり円堂とか?
 先回りされた回答に驚いて、どうだろうねと曖昧に微笑む。それを肯定と理解したらしい緑川は自分でいっときながら少しだけ―たぶん無意識だろうけれど―顔を曇らせた。その表情にくすりと笑いを落として、基山は身体ごと緑川の方に向き合った。柔らかに立ち上る緑のにおいが鼻をくすぐっていく。視線を落としていた緑川は、それでも基山の動きに顔を上げてくれたから、簡単に視線を絡ませることができた。
 どことなく不安そうに基山を見る瞳は、先ほどとは違う色をしているようにも見えてどこか暗いのに、だけどやっぱりきらきらしている。

「リュウジ」
「・・・なに」

 普段はあまり呼ばない下の名前で呼ぶと、控えめに返事が来た。

「円堂君に嫉妬してる?」

 そう言ってから、どうしよう少し楽しそうな響きになってしまったかもしれないと思うけれど、緑川の反応がいちいちかわいいからいけないのだ。
 右手を伸ばしてそのおでこに触れて。基山の指先から逃げようとしながら、そういうわけじゃないけど、と目を泳がせていう緑川を簡単に捕まえて、それから前髪をかき分けて額に口づけを落とした。ヒヒヒヒロト?!とあわてて離れようとする身体は左手で引き止める。

「緑川は手が届く範囲にいるだろう」

 星座なんかにしたら手が届かなくなって、困るから。
 耳元でそう告げると、こんな暗さの中でもわかるくらいに耳まで真っ赤にした緑川が「やっぱりヒロトってわけわかんないよ」というけれど、それですら心地よく心臓を揺さぶるだけだった。
 相変わらず星空は遠い。手を伸ばしたってつかめることはないだろう。だから、と腕の中に収まってくれた体温の暖かさに基山は心の中でこっそりと思う。だから一番大切なこの子だけは星になんて絶対にできないのだ。


星をなぞる


(2011/05/20)
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