軋む音


 円堂の部屋のドアはそれはもうよく軋む。長年使っているのだし、毎日何度もあのバカ力で開け閉めされているのだ、少しくらい歪んだっておかしくないだろう。ぎぎっと耳障りな音を立てて閉まっていくドアは、力が足りなかったのか中途半端なところで止まった。階下からはばたばたと騒がしく円堂が母親に菓子と茶をねだっているのがそのまま聞こえてきて、そんな気遣い今更いいのに、と一人笑う。
 座るとこないからベッドの上にいて、と言われたけれどなんとなく主不在のそこに座ることに、その上それが円堂が毎晩寝ているところだと思うと躊躇いがあって、一押しされたら落ちるであろう分だけ腰かける。円堂の部屋に来たのは幼なじみという関係上これが初めてではないのだけれど、サッカーをやるようになってからは初めてだった。ぐるりと見渡すと天井に知らない染み。サッカー関連の本も大量に増えている。あのドアだってあんなに軋まなかったはずだ。
 こんなことでも知らない円堂がいっぱいいる。そのことを嫌だと思う。そんな風に感じてしまう自分に嘲笑を隠せない。きりりと痛んだ心臓のせいで、妙な笑いになってしまったけれど。軋んだドアは二人の関係に似ている。言えないこと、言わないこと、嘘ついたこと、傷つけたこと。少しずつ歪んでいく自分たちは今どのくらい軋んだ音を立てているのか、その歪みを考えることも億劫だった。ただ、その横顔に知らないものを見つけるたびに軋む心臓の理由だけはわかっていた。遠くからボールを追いかけるその姿を見ていた時とは違う、すぐ隣でその横顔を見ているからこそ気がついてしまった独占欲。

 自分は、円堂に、自分だけを見てほしいのだ。
 恋情にも似ている、だけどもっと汚い感情。
 
 だから、あのときも、

 頭をかすめた過去の行いを振り払うように肺から空気を吐きだした。まだ階下でなにかしら騒いでいる円堂のことを思う。話がしたいんだ、と円堂は言った。たまにはいいだろなんて、いつもとは違う、少しだけはにかんだ笑みを見せて。それだけは懐かしい笑みだった、記憶の中でも時折円堂はあんな風に笑う。――それはもう、中学の制服や雷門のユニフォームを着てはいない幼い円堂だけれども。それを知っていることがなんだというのだと思うのだけれど、それでも少しだけ心臓の軋みに耳を塞いではいられる。

「くだらないなぁ」

 ずるずるとベッドの端から滑り落ちて、すとんと床に尻をつけた。そのままちょうどいい高さにあったベッドに頭をぺたりとくっつける。はさんでしまった髪の毛がじりと痛んだけれど、その痛みはこちらを真顔で見つめている円堂と目があったから一瞬で忘れてしまった。

「あ、円堂」

 言葉にすればこんな感じで、たぶん動揺は口に出なかったはずだ。それでもなぜか円堂は嬉しそうに笑って「風丸、百面相得意だっけ」という。その言葉に固まったままのこちらに「ほらまたしてる」と円堂が笑う。

「いつからみてたんだよ」
「んーいつだろう?」

 並々と麦茶がつがれたカップと大量のお菓子の入った皿の載ったトレイを机に置いた円堂は、そうしてなんの躊躇いもなく腕が触れ合う距離に腰を下ろした。すぐ近くにその横顔があるのに、なんとなく顔を見れずに俯いた。だから今円堂がどんな顔をしているのかはわからなかったけれど、うぬぼれでなければそれでもきっと笑っているんだろうなと思う。サッカーをやっているときよりも優しい、柔らかな笑みで。

「なぁ、風丸」

 呼びかける声に顔をあげずに「ん」と答える。先ほどまであんなに胸にわだかまっていた思いは円堂がこうやって側にいてくれるというだけで簡単に消えてしまう。

「風丸が思うことにくだらないことなんてないから」

 そういって緩やかに人差し指だけをつながれた。へ?とまた驚いて顔をあげると思ったよりもだいぶ、だいぶ近くに円堂の横顔があった。こちらの顔が上がった気配に円堂がふっと笑って、それがいつもよりも少し、どころかかなり大人っぽい知らない笑みなのにどうしてか嫌な感じはしなかった。

「だからちゃんと話そう」

 その言葉だけだったのならいつもの円堂の言葉だと思えたのに、言葉とともにぎゅっと力の入った人差し指に期待を隠せなかった心臓がとくんと跳ねた。



(2011/04/30)
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