カーテンの隙間から差し込んだ朝の光を存分に受けた柔らかな萌黄色の髪をさらりと持ち上げるときらきらと光が散った。緩やかな触れ合いに気が付いたらしい緑川の瞼がぴくりと動いて、睫毛もそれと一緒に揺れた。もう少しその寝顔を眺めていたい気もしたけれど、薄い瞼が開いてそこから漆黒の瞳が覗くことをを止めるすべは残念ながら持っていない。だからじっとその瞳がこちらを映す瞬間を見ていることにする。ふるり、震える睫毛があんまりにも綺麗なものだから触れたくなるけれど我慢。

「ん……」

 光に慣れるために何度も瞬きをする瞳は、五度目の瞬きでやっとこちらの視線をとらえたらしい。そこからまたぱちぱちと瞬きを二回して、それから少しだけ不機嫌そうに眉間にしわが寄った。

「いつから見てたの」
「起きてから、ずっとかな」

 朝の挨拶もせずにそういった緑川はどうやら寝顔をじっと見られていたことに対して不機嫌になっていたようだった。起こしてよ、と寝起き特有の少しだけ舌足らずな、子供っぽい声でそんなことを言う。それにごめんと軽く返しながら、いまだにしわの寄りっぱなしの眉間にそっと指を伸ばす。何をされると思ったのか「わっ」と目をつぶった緑川はいつかの面影を残していて、自然に頬が緩んだ。例えば社長と秘書として働いているとき、緑川は絶対にこんな表情をしない。切り替えが上手だと言えばそれまでで、吉良財閥の社長秘書としては満点を上げたいくらいなのに、物足りなく感じてしまうのはひとえに自分の我儘でしかないことはよくわかっている。だからこそ、たまの休みに見る緑川のこういう一面がひどく愛おしく思える。
 無理をさせてしまったと、ずっと思っている。緑川がどんな夢を抱いていたのかは教えてくれないので知らないけれど、それでも自分と共に歩む道を選択したがためにしなくてもいい苦労をたくさんさせてしまった。秘書としてのあの不必要なまでのビジネスライクもそうだ。そういうと緑川は怒って、俺が選んだんだよというけれど、それでも申し訳ない気持ちは消えずにしこりになって残っている。

「ヒロト?」

 結局伸ばしただけで触れなかった指先に恐る恐る緑川が目を開く。その瞳がどちらかといえば心配そうな色をしているのに気が付いたけれど、だからといって何ができるわけではない。ただ「あは」と笑って中途半端なところで止まっていた手を、布団に投げ出されたままになっていた緑川の髪の毛に絡める。

「ヒロト」

 今度は疑問符なしで名前を呼ばれた。しっかりと視線を合わせてきた緑川は、こちらの怪訝そうな表情を見てどうしてかふふっと笑った。柔らかな、だけど少しだけなにかを含んでいるかのような笑い方。朝の光にはらはらと散ったその意味がわからなくて、「リュウジ?」と、今度はこちらが疑問符付きで名前を呼ぶ番だった。名前を呼ばれたことに対してなのか、それ以外になにかあったのか、緑川はくすぐったそうに笑った。

「俺を選んでくれてありがとう」

 ちゅっと音を立ててその唇がふれたのは額だった。二、三度瞬きをして、それからやっと事態を飲み込む。

「……とつぜん、どうしたの」
「言いたくなっただけ」

 驚いてそんな間抜けな言葉しか出てこないこちらに、緑川はやっぱりふわりと微笑んだ。三秒ほど遅れて、そんなのはこちらのセリフだとか言いたいことがぐるぐると頭の中をめぐるけれど、どうしてか言葉にはできなかった。代わりに今まで髪の毛を巻き付けっぱなしだった指先をぎゅっとからめる。薬指にはまった華奢なリングがかつんと音を立てた。どうしようもなく幸福なのに少しだけさみしいのは、きっと、幸福すぎるからなのかもしれなかった。



きみほど綺麗な人も、きみほど幸福に微笑む人も、きみほどぼくを愛してくれる人も、きみ以外にいないでしょう


(それはとても幸せで、だけど少しだけさみしいことなのかもしれない)


(2011/06/20 * title)
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