街灯の白い光に照らされているからか、空に灰色の雲がびっしりと詰め込まれているのがよくわかった。もう夏も近いから最近では虫や蛙の声がうるさいくらいなのに、今日はなにもかもが息を潜めているかのように静かだった。だから自然と自分も息を潜めている。ヒロトと二人でもぐりこんだベッドは少し窮屈で、頭の上からすっぽりと掛け布団を被ると足がはみ出してしまった。雨の前兆のように冷えてきた空気がかかとを撫でて、ぞくりとする。

「……ヒロトの足、冷たすぎ」

 悪戯に絡まってくる足に文句を言う。普段の顔色から想像できるように、ヒロトはあまり体温が高いほうじゃない。お風呂から上がってもうだいぶ経っているからか、その足は、冷えてきた空気よりもずっと冷たく感じて、つい突き放すように軽く蹴っ飛ばす。ヒロトの足と触れ合っていた部分は、ほかの部分よりもずっと冷たく感じて、それなのに温度差が熱を呼んだ。

「冷え症なの、知ってるだろ」

 少しだけ甘ったるく響く、テノールの笑い声。より近くでその空気の震えを感知した左耳が少しむず痒い。なんとなく、至近距離にいることが恥ずかしくなってできる限りヒロトから距離を置いた。まぁ同じ布団に収まろうとしているのだからほんの数センチの距離にいるのだけれど。だからヒロトが少しだけ頭をこちらに傾ければその髪がそっと、こちらの肩に触れた。

「知ってるけど、だったら足くっつけるのやめてよ」
「リュウジの体温が恋しいんだよ」

 さらりと恥ずかしいことを言ってのけた唇が、まだ先ほどの笑いの雰囲気を引きずっているから、からかわれているとわかるのに、簡単に上昇する体温が本当に悔しい。悔し紛れにべしりともう一度、先ほどよりも力を込めて足を蹴ってやった。

「リュウジ、…っ」
「わっ」

 少しむっとしたらしいヒロトの声は、残念ながらそれ以上に言葉を続けることはできなかった。開け放したカーテンの、少し曇った窓の向こう側からごろごろと大きな音がしたからだった。予想していなかったからお互いにびくりと肩が跳ねた。ちらりと視線を絡ませて、ぷっと吹き出す。
 二人で布団にくるまって雷を見るのは幼い頃からの癖みたいなものだった。はじめは雷を怖がっていたこちらを慰めてくれるためだったのだけれど、雷が怖くなくなっても続いている。先ほどまで絡ませるなと怒っていた足首の冷たさは、今はもう気にならない。それでも見詰め合ったままでいるのは恥ずかしいからわたわたと視線を逸らした。

「数、数えなきゃ、いち、に、」

 少しわざとらしく、三秒遅れほどで数えはじめた数字にヒロトはやっぱり笑っているようだった。一気に存在を主張し始める心臓から意識をそらすために数を数えることに集中しようとするのに、ふっと笑ったヒロトの息が耳にかかったりするものだからそう簡単にはできそうになかった。同じ数字を二度言いそうになってあわてて言い直す。

「えっと、五、六、」
「ねぇ、リュウジ」

 有無を言わさぬ声で名前を呼ばれたからしぶしぶとヒロトのほうに顔を向ける。唇を奪われたのと窓の外が明るくなったのはほとんど同時だった。

「……数、忘れちゃったじゃん」
「ごめん」

 落雷とともに降り出した雨が部屋の中に反響している。むっと睨みつけたヒロトはひどく楽しそうで、そんな風ににこやかに言われてしまったらこちらが何も言えずにむくれるしかないことをわかっているのだ。翡翠の瞳の中の自分は、ひどく子供っぽい顔をしている。雷鳴は雨が降り始めてもまだ続いていて、少しずつ近づいて言っているようだった。今度はちゃんと数えないとね、と笑う横顔にやられっぱなしなのが悔しいから「ヒロト」と名前を呼んで、今度は雷が落ちる前にこちらから唇を奪いに行くことにする。
 ちゅっと軽い音を立てて唇を離すとだいぶ予想外だったらしいヒロトの驚いた顔があった。ぱちぱちと瞬きを繰り返すヒロトに、「ヒロト」もう一度名前を呼ぶ。そうしてそっと足を絡ませてやると、ちゃんと数えなきゃといったはずのヒロトの唇は、結局数なんて数えることもしないまま、先ほどとは比べ物にならないくらいの深いキスを仕掛けてきた。雷鳴はまだまだ雲の上でくすぶっているし、雨音は大きくなるばかりだけれど、直接鼓膜を震わせるようなくらいの距離で「リュウジ」と何度も名前を呼ぶ声ばかりがぐるぐると頭の中に響いてきて、もう気にしている余裕もなかった。



そっとやさしくあいしてね



(2012/05/22 * title)
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