開け放たれた窓から冷たい夜風が入ってきて白いカーテンと髪を揺らす。どうやら今朝出ていくときにしめ忘れたらしかった。昼間はひどく暖かかったのに、日が落ちたら涼しいを通り越して寒い。その落差にくしゅんとくしゃみをしながら窓に近づく。灯りはつけなかった。街灯や、月が明るいから。
 窓のそばまでくると風が強くなった気がする。ばさばさと机の上のノートが翻るらしい音。そういえば宿題やりかけだったなと思うけれど、机に向かう気分にはなれなかった。ふいと見上げた空にはぽかりと黄色い月が浮かんでいて、「満月か」呟いた声はやっぱり風に飛ばされた。
 転がり落ちでもしてきそうなその月に、ふと笑いが込み上げてきたのはここ最近毎日のように顔を合わせてる幼なじみの顔が思い浮かんだからだ。円堂は月を見るなんてことしていないかもしれないけれど。それでももしこの月を眺めていたのならきっと、―…そう思った瞬間ポケットに入れっぱなしだった携帯電話が震えた。
 慌ててポケットから引っ張りだして確認する名前は先ほど脳裏に描いた幼なじみ、円堂からの着信を示す。なんだ、寝ていなかったのかなんて失礼なことを思いながら通話ボタンに指をかけた。

「はい、もしもし」
『あ、風丸、おれおれ!』

 一瞬、俺なんて知り合いはいませんが、と切ってやろうかと思ったけど円堂にそういう冗談が通じにくいことを知っているからいうのはやめた。代わりに「なんだよ、円堂、宿題なら見ないぞ」と返す。同じ教室に通う限り、同じ宿題が出ているのは当たり前だ。教えてやったことも、もう両手でも足りないくらいだ。お節介なのだとわかっていてもやめられないのは、宿題を教えてくれと(円堂のいいところは見せろ、と言わないところだ。あくまでも自分でやろうとするのは彼のサッカーにもどこか通じている)言われたことは両手と、それから両足の指を使ってもすでに足りない。

『ちがうって!』

 常と同じくらいにうるさい声に少しだけ受話器を離した。

「じゃあなんだよ」
『風丸、今、空見える?』
「は?」

 見透かされているような気がして心臓が跳ねた。それでもなんでもないふりを装って、「見えるけど」そう答えながらもう一度見上げた空には相変わらず大きなまん丸お月様。そうまるで、

『今日の月、サッカーボールみたいじゃねぇ?』

 楽しそうに円堂が言う。――まったく同じことを考えていただなんて、そんなばかな。慌てるこちらの心を気にするはずのない円堂は『だから、サッカーしたくなっちゃって、でてこれない?』なんて言う。聞かれないように呼吸を整えて精一杯呆れた声で「ばあか、あしたも練習あんだろ、そもそも宿題やってないんだろうが」と言ってやる。えーと不満そうに電話口で騒ぐ円堂に勝てるわけがないことは、もう百も承知なのだ。
 結局いつもの練習場にすぐ行くことを約束して、電話を切る。落ちてくる気配のない空のサッカーボールにため息を吐いて先ほど放り出したカバンを背負いなおした。
 例えなんの他意もない誘いだとしても円堂と同じことを思ったことも、一緒にサッカーしたいといってくれたことも嬉しくて仕方ないのだ。



月に思う



(2011/04/17)
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