ばしんと思い切りよくドアが閉まる音がした。引っ張ってこられた先はヒロトの部屋だ。ヒロトの部屋はひどく殺風景だった。昔からそうだけどヒロトは物を捨てるのがうまい。そんなことにどうしてか図きりと痛みを感じる心臓がとてもばからしく思うけれど、それ以上に今の問題はものすごい力で掴まれた右腕だった。

「ヒロトっ、痛いってば」
「晴矢となんの話してたの」
「へ?」

 言われた言葉が理解できずに間抜けな音が唇から漏れた。瞬間ぎりっと締まる腕。痛みと、それからいつもならもっと柔らかな色を持つ翡翠が今は鋭い色をしていることに気が付いてびくりと身体が震える。

「ねぇ、リュウジ、晴矢のこと好きなの」

 揺れる翡翠から目を離せない。どうしてか喉がからからに乾いていって、だから唇から飛び出していくはずだった言葉はすべて、喉にはりついてしまってもうでてきそうになかった。ヒロトからぶつけられた言葉の意味は理解できないまま頭の中でぐちゃぐちゃになっていく。鋭い視線の中に確かに滲む縋るような色に、いったいヒロトがなにをしたいのかわからなくて、だから、込みあげてきたのは涙だった。視界がぼやけて、ヒロトの瞳が遠くなる。
 唇から嗚咽が漏れて、そうすると今度ははりついていたはずの言葉たちが堰を切ったように溢れだしてきた。

「ばっかじゃないの、なんでそうなるの、俺が好きなのはヒロトに決まってるじゃん!」

 言い切った瞬間にばらばらと涙が散った。クリアになった視界にまた翡翠の瞳が揺れているのがわかる。見開かれた瞳の奥にあるものが何かなんて未だにわからない。いままでそれがわからないからこそ言えずにいた気持ちだったのに、溢れだしてしまえばもう止められそうになかった。

「けどヒロトと俺は絶対に釣り合わないから、だから」

 恋だなんて気がついてしまったら、そばにいられない気がした。埋めようのない差にっ気が付いて、傷ついて、ヒロトをあきらめてしまうような気がして。結局傷つくことが怖くて逃げていただけなのだ。
 だけど、だから言いたくなかったのだという言葉はヒロトが先ほどまで腕を握っていた力よりもずっとすごい力で抱き締めてきたから、言えなかった。

「ばかだなぁリュウジは」
「・・・なに、バカって」

 そうして耳元で柔らかく落とされた言葉がこそばゆくて、うつむいた。うつむいた先はヒロトの肩で、すんと鼻をすするとヒロトの匂いがした。


「俺は、リュウジが好きだよ」


 鼓膜を揺らす声の甘ったるさが、心臓に浸食してくる。嘘だとか信じられないだとか思う前にせっかく収まったはずの涙がぼたりと落ちてきて、だから、信じてほしいといったヒロトの言葉にこくりと頷くことしかできなかった。



誰の言葉より、貴方のその一言が



(2012/03/10 * title)
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