結局そのまま「帰ろうか」というヒロトに無言でうなずいて、先ほどよりもずっと重い沈黙を抱えて園に帰ってきた。そうして、夕食に遅れたことを怒られた後、ヒロトがプロを目指さないことを宣言して、お日さま園は大騒動になった。一番にヒロトに突っかかっていったのは瞳子だった。らしいといえばとてもらしくて、「どうして」「なんで」の言葉が何度も聞こえる。砂木沼や玲名、それから園の子供たちも加わってぎゃあぎゃあと大きくなっていく騒ぎをぼおっと眺めながら、少し冷めてしまったココアを流し込んだ。

「いいのかよ」

 甘ったるいそれに重苦しい悩みが流されていく気がしてほっと一息ついていると、突然声がかかるからびくりと肩がはねた。ヒロトによく似た赤い髪を揺らした南雲は片手に牛乳パックを持ってこちらの隣にどしんと座った。視線は共同スペースで今一番騒がしいスペースに向けられており、何が言いたいかはすぐにわかる。

「……うん、いい」

 南雲が疑問に思うのも無理はなかった。たぶんいつもなら一番に突っ込んで行くのは自分であるはずだからだ。ヒロトがサッカーをやることに執着しているのは間違いなくヒロトではなく、緑川リュウジ、なのだ。残り少なくなったココアはゆらゆらとカップの中で揺れている。波紋がおさまるのをじっと見ていると南雲の特大のため息が耳をくすぐった。先ほど流れていったと思った悩みがずくずくと浮かびあがってくるのを感じる。ちらりと視線をやると南雲のそれはまだヒロトの方に向いていた。しかしため息は明らかに自分に向けられたもので、しゅんとまたすぐに視線をカップの中に戻した。波紋はまだおさまる気配はない。

「お前らなんかあったの」

 ずっとぎくしゃくしてるよな、なんてまさか南雲に指摘されるだなんて思わなくて驚いて顔を上げた。南雲はそのぶしつけな視線にむっとした顔でこちらを向いて「案外お前もヒロトもわかりやすいよ」と言う。

「……ヒロトに、好きって気づくの待たれてるの」
「あ?」

 ヒロトには、それから隣にいる南雲にも耳をそばだてないときっと聞こえないだろうくらいの声で、南雲の最初の問いに答える。南雲の琥珀色の瞳が零れ落ちるんじゃないかというくらいに見開かれて、そうして何度か瞬きをされた。その様を見ているのに耐えきれなくてまたマグカップの中に視線を逃げ込ませる。南雲はしばらくあーうーと唸っていたけれど、最終的に「お前ら付き合ってたんじゃなかったのか」と頭をがりがりと掻いた。
 今度、目を見開くのはこちらの方だった。先ほどの南雲のようにぱちくりと瞬きをする。

「そ、そんなわけないじゃん。俺とヒロトじゃ釣り合わないよ」
「……はぁ?」
「だって、ヒロトだよ?俺がヒロトを好きになる理由はいっぱいあるけど、ヒロトが俺を好きになる理由なんてない」

 南雲の視線に言葉を紡げば紡ぐほど、ずぶずぶと落ち込んで行くのを感じる。先ほどまで心を少しだけでもとろかしていくようだったココアの甘さも、突然重さを増して胃の奥に溜まっていく。そう、なのだ。好きになるのを待つだとかなんだとか言われたところでなにかをはっきり言われたわけじゃない。ヒロトの気持ちがわからないし、きっとヒロトの気持ちを信じられない。ずっと憧れだった。背中を追いかけている存在だった。その人がどうしてこちらに向かって両手を広げて待っていてくれるだなんて思うだろう。
 ぽん、と頭に手を置かれた。ヒロトよりもずっと熱い掌がどろりとした気持ちを柔らかく溶かしていく。

「……お前さ、もうちょっと自信もてよ」

 そうして言われた言葉があまりにも優しいから、小さな声で「ありがと」と言った。自信なんて持てたら苦労なんてしないと思うけれど、南雲の優しさに免じて言わない。まぁがんばれよ、と言って去っていく後ろ姿にふっと抜けた肩の力は、しかし、すぐによく知った声に名前を呼ばれることによって入り直した。

「リュウジ」

 突然呼ばれるから破裂しそうな心臓をそっと右手で押さえながら振り向く。いつの間にか騒ぎの中心から抜け出したらしいヒロトがすぐ後ろに立っていた。ちょっときて、と手を引いて立たされる。ずんずんと進んでいくヒロトが手を離してくれないから、引っ張られるようについていくしかできなかった。



だって私からは絶対に触れられないから、触れて欲しいのです。



(2012/03/10 * title)
prev back next
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -