季節が移ろうのは早い。そう思いながら冬服に身を包んだヒロトを見た。詰襟の黒に赤い髪はひどく鮮やかだ。その赤に少しだけ跳ねあがる心臓に自分でびっくりしていると、こちらの視線に気が付いてしまったらしい。ヒロトがゆっくりと顔を上げて、それからばちりと視線を合わせてにっこりとほほ笑んできた。からんと手から零れ落ちたシャーペンの無機質な音にはっとなって慌ててノートに視線を戻した。
 学年末テストの三日前。部活は禁止されているから放課後の校内はしんとしている。それでも校内に残っていてはいけないわけではなくて、先ほどまでこの教室にも他の生徒が何人か勉強していた。いまはふたりきりなのだけれど。時折漏れ聞こえてくる別れのあいさつも徐々に少なくなっているし、学校内に残っている生徒ももう少ないのだろう。音のしない校舎はそろそろ柔らかな夕やみに染まろうとしていた。
 自分とヒロトも園に帰って勉強すればいいのだけれど、小さい子どもたちはテストなんていっても聞いてくれないから思うようにはかどらない。特にヒロトは園の中でもみんなから慕われているし、勉強どころではなさそうだった。それでもヒロトはいつだってそれなりの成績を収めているけれども。だから学校で勉強しようと言ったこちらの申し出も頭にクエスチョンマークを三つくらいつけながら頷いていたし。

 ヒロトに好きだって気が付くまで待っている、と言われて数か月が過ぎている。FFIの熱狂はすでに遠いことのようにすら感じられるのに、そのことを思い出すだけで頬が緩やかに熱を持っていくのがわかる。
 とんだ自意識過剰だとか、ばかじゃないのかとか。
 後から答えるべき言葉はいくらでも浮かんでくるのに、どうしてあのときはまったく思いつかなかったのかわからない。心拍数のうるささと、きゅっと心臓をよぎった痛みはよく覚えているのに。わからないのはヒロトのこともそうだった。結局どうしてそんなことを言ったのかも言わないし、それに、次の日、何事もないように「おはよう」と笑うからあの夜の出来事は夢じゃないのかと思えてしまうくらいだ。答えを促すこともヒロトはしないし。ただ以前よりも少しだけ一緒にいる時間が増えて、心臓に悪いと思うことが増えた。

「緑川?」

 そう、呼び方も結局そのままだ。そのことを少しだけ物足りないと思ってしまう自分はヒロトの罠にずぶずぶとはまっているような気がする。

「な、な、な、なに?」
「いや、顔が赤いから具合でも悪いのかと思って」

 そうやって手が伸びてくるから慌てて身を引いた。その指先にこの熱を悟られてしまうのがどうしようもなく恥ずかしかったのだ。ヒロトはこちらの勢いに驚いたように手を引っ込めて、それから隠せなかった赤い頬を見てふふっと笑った。

「もう、認めちゃえばいいのに」

 落とされた声音の甘さに、心臓がいつか感じた小さな痛みを訴えた。なにそれと言えない自分の唇は震えるだけでなんの働きもなさなかった。認める認めないの話で言えばもうとっくに認めている。――ただ、言葉にできないだけで。小さなわだかまりがあってまだ何も言えない。ヒロトはしばらくこちらを見ていたようだったけれど、すぐに「続き、やろっか」とやっぱり笑って言った。



触れるのが、怖い、だなんて



(2012/03/10 * title)
prev back next
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -