秋の夜空は控えめだと思う。冬のそれほどきらきらとしない星たちを眺めながらほっと息を吐いた。まだ息が白く染まる季節には遠いが、それでも日が落ちれば少し肌寒い。もう少し着込んでくればよかったと思いながらまた空を見る。
 星座をなぞることは嫌いではなかった。遠い天空で繰り広げられる様々な物語を教えてくれた声が緩やかによみがえる。今よりもずっと幼いヒロトの声だ。結局のところ、ヒロトという人物が自らの深いところに入り込んでいることは認めざるを得なかった。幼いころも、あのときも。自分と同い年のはずなのにとても大人びてみえる表情は、憧れてやまないものだった。だからといってその憧れを恋だと言ってしまえる自信はなかった。否、恋という名前を付けたとたん今以上にヒロトとの距離が開けてしまいそうだと思って、積極的にその名前をつけたくなかった。

「緑川」

 ぼんやりと物思いに耽りながら星座を作っていると後ろから声がかかった。誰のものか認識する前に心臓が思い切りよく跳ねて、それと同じくらいに勢いよく振り向く。パジャマ代わりのTシャツの上にカーディガンを羽織ったヒロトは目が合うとにっこりと笑う。

「ヒロト」

 名前を呼ぶ声が上擦って、なんだか久しぶりにその名前を呼ぶ気がした。そんなこちらにやっぱり笑顔を作ったままのヒロトは「ここ座るよ」と言ってすとんと隣に腰を下ろしてくる。一一人分の体温が近づいたせいで少しだけ暖かくなった気がした。

「ど、どうしたの?」

 ともすればふれあってしまいそうな距離が心臓に悪い。隣に座ったせいでヒロトの顔は見えないけれど、まとう雰囲気がいつもより少しだけ硬くてそれも余計に心臓をどきどきさせた。ちらり、と見てしまう。ヒロトは空を見ていて、だから目は合わなかった。ほっとしたような、少しだけ寂しいような気持ちでヒロトから視線をはずして自分も空を見る。先ほどと変わらない空はきらり、光を零した。

「名前で呼んでもいい?」

 それから一呼吸おいて、ヒロトが発した言葉はあんまりにも予想外なそれで「へ?」と変な声を出してしまった。

「名前、って」

 驚いて顔を上げたから、ばちりと合ってしまった視線、瞬きを三回。ヒロトは少しだけ情けなく笑って「うん、名前」と言った。

「リュウジって呼ばせてほしいんだ」

 真剣な瞳の中に、夜空の星と同じくらいにきらりと光るものを見つけて、心臓が柔らかく跳ね上がるのを感じる。だめかな、と首を傾げて見てきたヒロトのその光がどうしてこんなに心臓を揺さぶるのか、わからない。

「・・・べ、べつにいいけど」

 恥ずかしくなって視線を逸らしたのはこちらからだった。たぶん、暗いから頬が熱を持ったのはばれていないだろうけれど、視線をぶつけていたら加速していく鼓動に気が付かれてしまうような気がして、その視線を見続けていられない。ヒロトの顔は見れないけれど、その雰囲気が一気に柔らかくなって、だからきっとにやにやしているんだろうということはわかった。その視線がこちらを向いていることを意識しないようにすればするだけ、鼓動の音は大きくなるばかりだった。

「リュウジ」
「なに」
「俺のこと好きだろ」

 心臓が今日一番大きく跳ね上がったのは、いったいどうしてなのだろう。


特別な呼び方


(2012/02/28 * title)
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