静か過ぎる夜に温もりを


 冬の夜は嫌いではなかった。その辺に放りなげっぱなしになっていたコートを羽織ってそろりと忍び足でベランダにでる。瞬間びゅっと冷たい風が頬をたたいていくものだから、つい首をすくめた。夏であるならばまだまだにぎやかなお日さま園のベランダだけれども、さすがにこの季節になると人影はない。ゆっくりと踏み出した床の温度ももちろん冷たくて、ルームソックスの向こう側から這い上がってくる寒さにぶるりと身震いをした。
 冬の夜を音で表すのならば、それは「しん」とか「りん」だと思う。そのしんとかりんとかした空気が好きだった。だから時折こうやって外にでてその音を聞く。元来身体は丈夫な方だったから風邪もそうそう引かないし。ゆっくりと白い息を吐いて、耳を澄ます。時折混ざるクラクションの音も遥か遠い気がして、ふふっと笑った。今日は新月だから月もなく、きらりと星が輝いた。

「あ、オリオン座」

 さすがにポケットにつっこんだままの指先を出すことはためらわれて視線だけで空をなぞる。ベランダは南側についているからオリオン座は見えるけれど、この時期誰もが探す北斗七星だとかカシオペヤ座、それから北極星は見えづらい。北極星が見えないと落ち着かないと言って北向きの窓がある部屋を選んだのは涼野だけれども、確かになんとなく残念だなと思う。
 今の時期なら北極星はともかくカシオペヤくらいは見えるんじゃないかと思って、くるりと身体ごと反転させると目の前にヒロトがいた。

「へ?」

 予想外すぎて間抜けな声がでた。しっかりとダウンジャケットにマフラー、それから手袋までしたヒロトは、そのもふもふの灰色の手袋をはめた手でこちらのマフラーを握っていた。

「へ、じゃないよ、緑川」

 こんな薄着で外にでたらだめだろう?と言いながらくるりと首にマフラーがかけられる。それが起こした風にぞくりとしたのは本当に一瞬で、すぐに暖かさが首もとから訪れた。じんわりと身体中を満たしていくような暖かさに「ありがとう」とよくわかってないままにお礼を言う。ふわりと笑ったヒロトはだけどすぐに少しだけ眉を下げて口を開いた。

「部屋にいないからどこ行ったかと思ったら、風邪でも引いたらどうするんだ」
「ちょっとくらいなら大丈夫かなって・・・・・・え、なんか用事だった?」

 首を傾げるとヒロトは大きくため息を吐いた。緩やかに拡散した白く染まったため息が生ぬるく鼻先をくすぐった。そういえばヒロトはとっくに風呂に入ったはずで、それは一緒に風呂に入ったのだからよくわかっている。おやすみ、といって別れたのはつい一時間ほど前の出来事だった、と思うのだけれど。

「・・・・・・用がないと、行ってはだめかい」
「そういうわけじゃないけど」

 一応恋仲にある自分たちだからそういうことが起こってもおかしくはないのだけれど、お日さま園には良くも悪くも人が大勢いる。まだその保護下にある自分たちなのだからけじめを持っていたいと言ったのはヒロトだった。だから自然、夜の逢い引きなんてものはほとんどない。だから不思議に思っただけなのだけれど、ヒロトとしては突っ込んでほしくなかったポイントらしい。

「寒いから、緑川に会いたくなったんだよ」

 こちらの肩にぽんと頭をおいたヒロトの口からぼそりとそんな言葉が零れる。それはつまり、用なんてないのだと言っているようなものなのだけれど、それでもどうしようもなく嬉しくなってしまうのはどうしてなのだろう。なんだそれと笑ってやることもできたけれど、そんな気分じゃなかった。だから仕方ないなぁと笑う。
 冬の夜は、やっぱり嫌いになれないと思う。いつもよりもずっと素直なヒロトが見られるだなんて、本当に偉大だ。こちらの笑い声にゆっくりと顔を上げたヒロトの瞳が星の光を受けてきらりと光って、とてもきれいだった。



(2012/02/01 * title)
back
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -