※高校3年生



 柔らかなオレンジ色が教室の隅々まで染めあげていて、シャーペンの先の銀色の部分に反射した光のまぶしさに思わずぎゅっと目をつぶった。開けっぱなしだった窓からはずいぶんと心地の良い風が吹くようになって、ポニーテールをさわりと揺らしていく。遠くから聞こえるのは部活に励む生徒たちのざわめきで、少しだけ心がきゅっと痛んだ。つい吐き出したため息は、もれなく同じように教室の机に向かっているヒロトにも届いてしまったらしく、ノートから視線をはずしたヒロトの視線がこちらを向いた。

「どうかした、リュウジ」
「んー・・・・・・俺たちの夏、終わったなぁと思って」

 投げ捨てたシャーペンがからんと音をたてる。ヒロトはこちらの言葉に少しだけぱちぱちと瞬きをしたあと、静かに「そうだね」という。

「まぁ雷門相手じゃしょうがないけどさぁ」
「あ、その態度はよくないと思うよ、リュウジ」

 ぺたりとノートに頬をくっつけながらいうとヒロトは笑った。もちろん戦うまでは勝つつもりでいたのだ。雷門にだって、どこにだって。それでもサッカーに関して名門とはいいがたいこの高校で、全国大会に出場できただけでも大事なのだ。
 イナズマジャパンとして世界と戦ってからすでに四年以上がたって、ヒロトと自分はお日さま園からそう遠くはない公立高校に通っている。文武両道をモットーにするだけあって、それなりに部活のレベルも高い。それでもあのイナズマジャパンの主力選手がそろっている雷門相手では接戦に持ち込むのがやっとだったのだけれど。
 ちらりとヒロトを見上げるとずっとこちらを見ていたらしい、ばちりと視線がぶつかった。その視線に少しだけ心臓がとくんと跳ねたけれど気がつかないふりをして、少しだけ視線をずらす。二、三回瞬きをしてそれからもう一度ヒロトの目を見た。

「なぁヒロト」

 思ったよりもずっと、ぐっと重くなってしまった声に失敗したなぁと思う。ヒロトもこちらの声の重さに気がつかないわけはなく、くいと首を傾げて、それから少しだけ心配そうな表情になって「なんだい」という。先ほどまでオレンジ色だった教室は少しだけ藍色の領域が増したようで、なんとなくそれが余計に心臓を騒がせた。深呼吸をして、ゆっくりと言葉を舌に乗せる。

「サッカーさ、やめようと思うんだ」

 ヒロトはぱちぱちと瞬きをして、それから「へ?」と言った。視線は一度もそらさなかったから、その瞳がひどく揺れたのもわかった。何事か口を開こうとしたヒロトよりも先に「ヒロトがサッカーやめるからやめるんじゃないよ」と言った。たぶんお日さま園中がプロになるのだと思っていたヒロトがプロにならないことを宣言したのは高校にはいる前だからだいぶ前のことで、だけどけして、誰もが期待しているヒロトがプロにならないのだから自分もならないなんていうネガティブな気持ちで言ったわけではないことをわかってほしかった。

「ヒロトはさ、父さんの跡を継いで、サッカーを支えたいって言ってたよね」
「・・・・・・あぁ」
「俺は俺のやりたいことを考えたとき、サッカーを続けるのもいいけど、それよりもなによりも、そういうヒロトのことを支えたいと思ったんだよ」

 そこまで一息で言って、そうして目を逸らした。心臓がどうしてかばくばくしていて、俯く瞬間に見えたヒロトの揺れる視線を思い返す。本当はもっと明るく、軽く、言うつもりだった。――まぁ、話題から考えてそんなうまくいくはずはなかったのだけれど。数瞬の沈黙を破るのはいつだって大抵自分の方だった。

「なんて、駄目だよね!」

 俺なんかに、ヒロトの手伝いなんて。
 心臓の痛みを誤魔化すみたいに笑ってみせる。これ以上ヒロトの顔を見たらきっと泣いてしまう気がして、慌てて先ほどまで開いていたノートに視線を移そうとして、失敗した。ヒロトがこちらの手をぎゅっと握ってきたからだ。思ったよりもずっとずっと熱を持ったヒロトの指先に、逆らえるわけもない。

「ヒロト?」
「……だめなわけ、ないだろ」

 思い切り引っ張られて腰かけていたイスから腰が浮く。ヒロトに体重を預ける形になって、お互いの心臓の音が一瞬、シンクロした気がした。耳元でささやかれた言葉は、ゆっくりと鼓膜を揺すって、ぐるりと脳を一周してからやっと形になる。爪先から駆けあがってくるみたいな熱はその少し後に遅れてやってきた。

「リュウジが、俺を選んでくれるのならだめだなんて言えないし、きっと一生離さなくなるよ」

 ――だから、そうしてほしいと望んでいるのだと伝えることはなんとなく癪だから絶対に言ってやりはしない。ただ、こみ上げてくる気持ちのままに「末永くお願いします」と答えるとやっとヒロトは笑いを落とした。その笑いが鼓膜を揺すると少しだけまた、体温が上がった。オレンジ色の光にはらりと落ちた涙がきらきらと散っていく。幸せにさせてなんて言われてしまったら、声なんて出せるわけないから勢いよくこくこくと頷くしかないのだ。


(一年後も十年後も、ずっとずっと、繋いだ手はこのままで居ようね)



(2012/01/31 * title)
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