この世の終わりだと思った。先ほどまであまねく世界を照らしていた太陽もいつの間にか山の向こうに隠れてしまっていたし。勢いで言ってしまった言葉が頭の中でぐるぐる回っていて、その言葉のさらに外側をどうして、とか、なんで、とかそういう疑問だけが巡る。世界には言うべきではない事柄がたくさん存在していて、今口からぽろりとこぼれ落ちてしまった言葉はそのもっともたるものだった。おそるおそる浜野の顔を見ることもできない。ただ心臓がじんじんと痛んで、あぁ終わりだ、とまた思った。
 浜野はなにも言わない。いつもなら間髪入れずに言葉が返ってくるのに、感嘆符や罵声すらもあげない浜野に、ついには目頭まで熱くなった。ネガティブだとかなんだとか言われるけれど、実際人前でそんなに泣いたことはない。特に中学に入ってからは身近にさらに泣く人物がいたせいで、頻度はさらに減った気がする。
 ぼやけかける視界に映る浜野の足は、先日試合の最中にした怪我の痕が生々しく残っている。そう、この、怪我。浜野が、痛いに決まっているのに、辛いに決まっているのに「平気だよー」なんて笑うからいけないのだ。どれだけ心配したと思っているかなんて、言わなくてもわかっていただろうし、心配する理由はそう、実際自分が感じていたようなものではなくて、友人として、で収まっていたはずだ。それなのに、いってしまった。浜野君のことが特別に好きだから、余計に心配するんですなんて、どうしてこの口から落ちてしまったのか、まったくわからない。
 頭を抱えたい気持ちと、目尻を拭いたい気持ちが渦巻いているけれど、浜野に見つめられているのだけは確かで、だから実際は今、金縛りにあったかのように動けないのだ。心臓がどくりと動く、あ、決壊すると思う。

「ちゅーかさー」

 ぼろりと涙が溢れたのと、やっと浜野が言葉を発したのはほとんど同時だった。唐突にかけられた言葉に驚いて顔を上げる。はらりと涙が散って、浜野がぎょっとした表情になったのがわかった。

「え、え、え、ちょ、なんで泣いてんの?!」
「なんでも、ないです」

 静まれ静まれ、と必死で思っているのに止まり方を忘れてしまったらしい涙腺はまた一つころんと涙を落とさせた。泣き顔をみられたくなくてぷいとそっぽを向いたけれど、すぐに浜野の手のひらによって視線を戻されてしまった。両頬を包む、熱すぎるくらいの浜野の手のひらと、近すぎる視線に今までとは違った意味で心臓がどきりとした。

「なんでもないことないでしょー?」

 ぐりぐりと額をくっつけてくる浜野の考えていることがさっぱりわからない。痛みと、それからほんの少しの嬉しさが同時にこみ上げてくるものだから、もう、どんな顔をしたらいいのかもわからない。

「俺は、速水が特別に好きだから、泣いてんの、気になるよ」

 だから、教えて。
 いつもよりもずっと真剣な声音で鼓膜を揺らしたその言葉の意味を理解するのに、呼吸三回分くらいは必要だった。

「・・・・・・それ、どういう」
「わかんない?」

 にっこりと浜野が笑う。先ほどまでぼやけていた視界はいつの間にかクリアになっていて、だからその浜野の笑顔をダイレクトに受けてしまった。心臓がどきりとはねあがって、先までとは違った熱がこみ上げて涙腺を攻撃し始めた。それをぎゅっと耐えようとして、目を閉じると浜野はからからと笑った。

「また泣くし」
「・・・・・・浜野君の、せいですよ」

 そういうと、やっぱり浜野はからからと笑う。じゃあ責任とってやるよなんて、余計に涙が止まらなくなことをわかっていっているのだろうか。 





「あー、ちゅーか絶対俺から言おうと思ってたのに」
「へ?」
「速水ったらさらっといっちゃうんだもんなぁ〜」

 がしっと肩を組んでくる浜野はばっちりと目を合わせてそう笑う。柔らかな微笑みに心臓がどきりとして慌てて目を逸らす。浜野はそんなこちらのことは気にしていないのだろう。ふはっと笑い声を落とした。その笑い声が耳をくすぐって余計に恥ずかしくて俯いた。だから浜野が次にする行動に対して、まったくの無防備だった。

「だから、こっちは俺からね!」

 声とともに触れた柔らかなものが浜野の唇だったと知るまで、あと少し。




よみがえる世界の端っこ



(2012/01/22)
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