愛だとか恋だとか、そんなものにとらわれたくなかった。愛も恋も他人を無条件に信じることで、誰かを信じてみるだなんて残念ながら到底できそうになかったし。だからそんなものは不要だと、そう思うのだ。

「狩屋って案外かわいいよな」

 ぼそりと吐いた戯れ言に、隣のピンクの頭がふわりと揺れた。笑っているのだ。いつもは二つに結ばれているそのピンクの束はいまは緩やかに肩に落とされて、だから霧野が笑う度にはらはらとその肩の上で踊った。シャワーを浴びたばかりのその髪の毛は少し湿っていて、せっかく雨に濡れた身体を暖めるためにここにきたというのに、バカじゃないかと思う。あえてそれを指摘しないのはそんなタイミング、見失ってしまったからだ。
 外からはざぁざぁと絶え間ない雨音が迫ってくる。室内にまで忍び込んでくるその音は、だけど霧野の笑い声と混じって先ほどよりもずいぶんと暖かい気がした。お日さま園の中は、それなりに空調が整備されているのだけれど、先ほど帰ってきたばかりのこの部屋はまだ少し冷たい空気で満たされている。部屋を暖めるかのような笑い声なのだけれど、ずっと笑われているのはあまり気分のいいものではない。むっと顔をしかめて、変にまじめなことをいってしまったことを後悔した。元はと言えば霧野が悪いのだ、好きな子とかいないのかなんてそんな、すごく健全なことを聞いてくるから。
 普段ならば適当にかわしてしまうその手の話題を、うまくいい繕えなかったのは相手が霧野であるからなのだけれど、それがなぜかという疑問には答えが見つかりそうになかった。否、ただ見たくないだけなのかもしれないけれど。
 こちらのむっとした表情に気がついたらしい霧野はまだ零れ落ちてくる笑いを指先で押さえるようにして、それからもう一度「狩屋って案外かわいいんだな」という。

「・・・・・・なんですか、それ。あんたに言われたくないんですけど」

 口をとがらせて発した言葉はなんだか拗ねたような声音になってしまった。霧野は結局またふふっと笑った。雨音に溶けだした笑い声が鼓膜を通して心臓にすとんと落ちていく。

「俺は、愛や恋が、そんな綺麗なものだとは思わないけれど。信頼はその一要素かもしれないけど、それよりももっとぐるぐるうずまくものが恋愛なんだと思う」

 それまで心地よく雨音に溶けていた霧野の声が、ここにきて始めて少しだけ空気に溶けずに残った。ぐるりと頭を巡る言葉の意味がわからなくて、「は?」と首を傾げる。うさんくさそうに見てやった霧野の顔に先ほどとは全く違った影があって、心臓がぞわりと粟立つ。意味わかんないんですけど、とか、いつもみたいにけなしてやることだってできた。だけど口からでてきたのは「キャプテンの話ですか」なんて言葉だった。その言葉を口にした瞬間、心臓にぴりりと痛みが走った気がするけれど、きっと気のせいだ。
 霧野はこちらの言葉に二、三度目をぱちくりさせると「違うよ」と言う。その言葉を信じるのはよっぽどのバカしかいないんじゃないかと思わせるような痛みの伴った声で「神童のことは好きだけど、そういう好きじゃない」なんて嘘をつく。それでもその嘘を暴くことができないのは、どうしてなのだろう。ずきりずきりと心臓はただただ不穏な痛みを全身に送り出している。その瞳をこちらに向けたいだなんて、どうして思ったのかわからない。それでも痛みにつき動かされるように動いた手のひらがその頬をとらえて、綺麗な形をした額に唇を落としていた。

「かりや?」

 驚いたような霧野の声に、だけどなにも答えることはできなかった。だって一番驚いているのは自分自身なのだ。愛や恋の構成要素に信頼という部分はもちろん含まれているのだろうけれどそれ以上になによりも、もっと暗くどろどろしたものが含まれているのかもしれない。痛みを訴える心臓の意味を、見て見ぬ振りをすることはもうできそうになかった。


恋だとか愛だとかの話



(2011/12/27)
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