いつもひとりで使う食卓に他の誰かがいるというのはなんだかとても変な感じだった。行儀悪く頬杖をつきながらそんなことを思う。いつもよりも多めに盛られたサラダも、少しだけ左側によった位置も、なんとなく落ち着かない。ちらりと横目で普段はなにもない空間だけが広がる場所を見た。もくもくと箸を進めるゴーグルにドレッドの変な奴は、うまいともまずいとも言わずに用意したご飯を食べている。
 イナズマジャパンとしての日々が終わって、少しした後。帝国学園に編入するに当たって始めた一人暮らしは、もともと生きていくための家事は身に付いていたので困ったことは一つもなかった。少し一人がさみしいと思った時期もあったけれど、すぐに一人に慣れた。だからこそ、今、あんなに合宿生活で慣れたはずの誰かと同じ空間にいることにまたなんとなく慣れることができない。いや、ただ単に隣にいるのが鬼道だということがいけないのかもしれないけれど。
 FFIが終わってしまえば一緒にいる機会もぐっと減って、だからといって会っていないわけではないのだけれど、そう、そもそも家に呼ぶのすら初めてだ。そうして、その上。思い出して少しだけ跳ねた心臓はきっとなにを考えているかわからないまま目の前のサラダを咀嚼している鬼道にはたぶん届いていないだろう。そう、このゴーグルでドレッドの、たまにマントも装備している、仮にも恋人という立場にいる人間が。
 お前の作る手料理を食べてみたいだなんて。
 それにほいほい乗ってしまう自分はいつかよりもだいぶ角が取れて丸くなってしまったのだろうなと思う。悪い変化だとは思わないけれど、愛媛にいた頃の知り合いには見せられない体たらくだ。はぁと小さくため息をつくとゴーグルの中の瞳がこちらを見た。食欲がないのかなんて聞いてくる鬼道は、いつも通り少しずれている。

「べっつにそういうわけじゃねーよ」

 もぐと目の前の肉じゃがを口に運ぶ。うんまぁ、いつも通りの味付け・・・・・・だと思う。
 鬼道が食べたいなんていうからはりきってしまっただなんて認めたくないけれどいつもよりもだいぶ丁寧に作ったのは事実だ。よく味のしみたじゃがいもはほっこりと柔らかい。鬼道はこちらの素っ気ない返事にそうかとだけ答えて自身も肉じゃがに箸をのばした。やっぱり帝王学の一つなのか、鬼道は箸の持ち方ひとつとってもきれいだ。柔らかく煮えたじゃがいもをひとつとって、口にいれて咀嚼。一連の動作を何の気なしに見ていたのだけれど恥ずかしくなって視線を逸らした。

「鬼道くんこそ、鬼道くんの口には合わないんじゃないの」

 おぼっちゃまに食わせられるようなもんじゃねーもんな。
 嫌みのつもりで口にしてからまったく嫌みになっていないことに気がつく。鬼道と自分の過ごしてきた世界は全く違うものだということはお互い承知の上で側にいることを選択したのに、今の言い方では卑屈にしか聞こえないだろう。

「いや、うまいぞ」

 これがお袋の味って奴なのか。
 卑屈な物言いに少しだけ柄にもなく落ち込みそうになったこちらに気がついているのかいないのか、鬼道の箸がまた肉じゃがにのびた。そうしながらゆっくりと落とされた言葉に「は」と間抜けな声が漏れた。
 とっさに鬼道くんのお母さんなんてまっぴらごめんなんだけどと言おうとしたけれどその、肉じゃがに注がれる視線があまりにも優しいから、なんとなく言いそびれてしまった。ただうわずった声で「ばかじゃねーの」と返す。頬の熱さはきっとあわてて飲んだお茶がまだ熱かったからだ。


それはひどくしあわせな、


(それはひどくしあわせな熱になってゆっくりと身体じゅうに巡っていったけれど、しあわせだなんて認めてやるのはやっぱりまだ癪なのだ)


(2011/05/27)
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