久しぶりに目に飛び込んできたその顔は、最後に見たときとは比べものにならない程綺麗だった。数年前、彼女は未だほんの子供だった筈だ。弾けんばかりの笑顔を振り撒き、純粋な顔をして俺の膝へと寝転んでくる。うとうとと眠気に負けじとするその顔は、愛しくて堪らないまるで我が子の様だった。子供なんて、持った事はないけれど、親であるならきっとこの感情が芽生えるのだと。
腰まである髪を丁寧に結い、よく似合う紅をひき、その笑顔はあの頃とは変わらないと思いたい筈なのに、妙に大人びたその潤んだ瞳は、俺がそう考える事すら許さなかった。
俺に気がついたのか、ぱっと顔を上げ、小走りで近寄ってくる。


「お久しぶりです!」


少し肩で息をして、にこりと微笑む。


「大きゅうなった」


その纏めあげられた髪をわざと掻き乱すようにして、大袈裟に頭を撫でた。彼女は少しも嫌な顔をする事も無く、俺の手をしっかり握る。
当たり前です、もう子供やないんですから……。
そう言う彼女は本当にまるで別人のようだ。あの頃、手を繋いで影を追い掛けていた子供とはまるでーー。


「名頃先生、お元気でしたか?」
「元気やった。まだかるたは続けてるんか?……続けてくれとったら嬉しいわあ」


思わず本音が出てしまい、しまった、と思った。数年前彼女は東京に移り住み、俺と彼女の接点は無くなってしまった。手紙や電話という手段もあったのかもしれないが、師匠と弟子という関係の俺は出すことを悩んでいた。そこまで踏み込んでいいものか。当然、彼女からも来なかった。
かるたも俺もこの地も、彼女を縛ってはならない。


「続けてます、勿論」
「ほんまか……?」
「名頃先生からのお手紙、待っていたんですよ」
「そんなん、俺も待ってたわ」


ほんまですか?彼女は嬉しそうに笑って、必ず出しますと言った。手紙を待っていたと言われたことよりも、名頃先生に会いに来たんです、と言われたことよりも、何より彼女がかるたを続けていたことが嬉しくて堪らなかった。俺が教え続けてきた意味もあるのだろう。彼女の中でずっとかるたとあの時間が生き続けていることが、幻想のように思えてならなかった。今現実だと実感することが出来る。


「名頃先生、稽古つけていただけますか?強くなったんです、私」


ええよ、と頷くと力強い力で腕を引かれた。此処で稽古をしていたのは何年も前の事だというのに、慣れたように和室へと進んでいく。
窓を開けていた和室は風が通り、先程よりも涼しくなっていた。
ゆっくりとだが確実にかるた札を並べていくしなやかな指を見つめていると、じわりと目頭が熱くなる。なにも変わらない、そう思い直した筈だったのに、本当は全てが変わってしまったのだと気づいてしまっている。

彼女への愛が昔と同じだと言い聞かせながら、読手のテープへ耳を傾けた。



20200511
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -