夏が来たら。


身体をゆっくりと起こすと、足もとに丸まった布団が二枚仲良さそうに転がっていた。
額にしっとりと汗が滲んでくる。此方へ流れ込む風が気持ちが良い。どうやら昨晩は窓を開けたまま眠ってしまったらしい。物騒だという理由で必ず閉めるように、懇々と言われ続けていたことをとうとう破ってしまった。
ーー窓の外は嘘のように晴れやかだ。

寝室を出て、机に置きっ放しにしていた水を喉に流し込むと、温さがいやに感じられた。


「お目覚めか?」


そう少し掠れた声がする。よくよく考えてみれば、誰もいない筈のリビングがやけに涼しい事に漸く違和感を覚えた。何とも涼し気な格好で見慣れた顔は笑みを浮かべている。
怒られなさそうだ、と真っ先に頭に浮かんだのは今朝の窓の事だった。このまま見つからなければいいと思った。


「おはよう。来てたの」
「昨日の夜な、よく寝てた」


日差しが眩しい。快斗が持つ藍色に光るそれは、溶けそうなほど太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。やけに魅力的に見える。頂戴と返事も待たず噛り付き、起き抜けのかさついた喉に滲みた。
思い返せば足元に転がっていた布団の一枚のうちは、快斗のものだったのか。汗ばんでいた理由も納得がいく。…ということはとうの昔に私が隠そうとしていることは、唯の茶番だったというわけか。それでも一向に叱られそうのない様子を見て、気づかぬふりをした。


「暑いね」
「うん」
「ーー夏が来たら」
「…来たら?」


今年は随分と梅雨が短かった様な気がするので、未だ考えが纏まっていなかった。窓際に座る快斗の隣に座ろうと思ったが、何となく距離を感じてしまっているのは私だけだろうか。打ち消すつもりで、膝の間に収まった。背中がぴったりつくと、普段より体温が高い事がよく分かる。
夏といえば花火、海、バーベキュー。何時もより高く見える青空に、どこまでも続いていきそうなはっきりした星の海。まるで非現実な日々が、夏休みというかたちでやってくるのだと思いたい。


わたしだけのあなたでいて。

口から漏れてしまいそうになった言葉を、手を握ることで有耶無耶にする。黙ったままの私を両腕でしっかり包み込んで、小さく頷いたのは一体何だったのか。それが解るのはきっとこの夏が終わる頃になるだろう。



20200511
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