「ああ、こすったらあかん」

そう云って名頃先生の温かい手がわたしの頬を包んだ。
今朝から眼がちくちくと痛み、異物感があり、悲しくもないのに涙が止まらなくなってしまった。昨日の晩、庭掃除をしたことが原因なのは明白だった。ひどく風がつよく、ああ砂埃が待ってはるなあ、なんてぼんやり考えながらほうきで落ち葉を掃いていたことを思い出す。
秋もすっかり終わり、冷たい風が外から流れ込んできた。

「いたいんです」

充血してます?と続けると、名頃先生はそのままわたしの顔を上向きにして、じっと眼をみた。赤いなあ、と声だけでもわかりそうなほど心配していてくれているようだった。
土曜日やし、眼医者なんてやっとるんやろか。
小さく呟いてわたしから離れて、電話帳らしきもの(といっても、目がかろうじて薄く開く程度で、表紙は見えなかったのだけれど)で病院を探し始めてくれた。
わたしはといえばなんとか手探りで先程ドラッグストアで買ってきた目薬を手にしてさしてはみたものの、治るどころか一層乾いたような気がしてしまい、右眼に入れただけで、やめてしまった。
こうして眼を閉じていると、ぱらり、ぱらりと名頃先生がページをめくる音。風の音。葉っぱがかさかさと揺れて擦れる音まで、よく聞こえるようだった。数十分ほどしてから、落胆した声で、あかんわ、と聞こえてくる。すいません、と応えると頭をやさしく撫でられた。

「ほうっておけば、治りますよ」
「そない言うて、開いてへんやないか」
「開いてますよ、ほら」

力を込めて眼を開けると、久しぶりに名頃先生の顔が見えた。けれどぼんやりとしていて、どこか霞んでいる。結局数秒たらずで、またぎゅっと瞑ることになってしまった。

「そうや、携帯で調べられへんか」
「普段やったらできるんですけど…」
「この間大岡くんに教えてもろたんや、えーっと…」

カチリ、カチリとボタンを押す音がゆっくりと聞こえる。名頃先生は未だに折畳みの携帯で、打つのはどうやら慣れていないらしい。そりゃあ女子高生のように早技で検索なんてされたら、おどろいて笑ってしまうけれども、これはこれでなんとも不思議な光景だ、なんて思ってしまった。
眼を閉じたわたしと、携帯と格闘する名頃先生。
第三者的目線で見た姿を想像すると、なんだかおかしくて笑ってしまいそうだ。名頃先生がわたしのために一生懸命になってくれているわけだから、笑ったりなんて、しないけれども。


「先生、どうですか?」
「良かったわ。午前ならやってるみたいや」
「ほんまですか、!」


そんなことを考えている間に名頃先生が見つけてくれたらしく、やっとこの痛みに解放されるのかと思いほっとした。間に合うやろうか、と考えている間に骨張った大きな手がわたしの腕を掴む。
ほな行くで、と優しい声が聞こえた。まさかついてきてくれるんですか?と尋ねれば、あたりまえやと返ってきた。名頃先生が見つけてくれた病院は運良く徒歩で行けるところで、なかなか待ち時間はあったものの漸く診てもらえることができた。眼の中に砂の塊が入っていたらしく、取るときは多少痛かったものの、診察が終わってからは嘘のようにすっきりした。


「名頃先生、開きます!」
「良かったなあ」 


柔らかな表情で微笑む名頃先生の隣に座る。
視界はすっかりクリアだった。あとは目薬を貰って帰るだけ。お礼を伝えようと横を見ると、やっと名頃先生の顔をはっきり見ることができ、
この顔を少しの間でも見ることができないなんて不幸やったなあ、と思った。


「ありがとうございました、名頃先生」
「…眼ぇはだいじにな」



20200508
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