「お嬢さん、どこへ行かれるのですか?」
「…コンビニ」






素敵な茶番をありがとう



差し出された手を知らんぷりして横を過ぎると、つれねえなあ、とぼやく声が聞こえてきた。あんなに滅入っていた気温も夜になるとすっかり下がり、薄手の羽織りが必要なほど肌寒かった。雨が降ったせいだろうか。
お気に入りのターコイズブルーのカーディガンを羽織り、さらりとしたブラックのパンツを履いた。どちらもコットン100%で肌触りは抜群だ。21時すぎ、行き先はコンビニ、とはいえ部屋着で行くのも少々憚られ(もしかしたらキザな怪盗さんに出会う可能性も考慮して)着やすくてそれでいてきちんと見える服を選んだのである。予想どおり、白に身を包んだ怪盗さんはわたしの背後へ現れ、まるで一緒に買い物にでも来ていたかのように自然に、そして相反した言葉をわたしにかけた。
静かに姿を黒羽快斗に戻すと、ブルーのパーカーのポケットに手を突っ込んだままわたしの横に並ぶ。

「こんな夜に危ねーぜ?」

月明かりもぼんやりと夜道を照らしてはくれるが、このあたりは蛍光灯の数も少ない。それでもわたしは快斗に出会う前もずっと、この道を通ってきたのだ。
どうやら今夜の首尾は上々だったらしく、機嫌の良さそうな快斗の顔を覗き込みながら、

「怪盗さんが守ってくれるんでしょ?」

からかってみた。

「…それはもちろんですよ、お嬢さん」

言わせたとはいえ、快斗の顔で気障キッドのどこかおかしい。つい笑ってしまいそうになる。それは快斗も理解しているのか、うんざりした顔で口の端を吊り上げた。どうだった?とわかり切ったことを聞いてみれば、当たり前とでも言いた気な顔でこちらを見てくる。見たところ怪我もしていないようだし、一安心だ。心配なんてしてないよ、となんどもなんども言ってはみせるものの、本当は怪盗キッドになる日は心配で仕方がない。そんな日こそ、コンビニ、などと言い訳を考えて外に出てしまう。キザな怪盗さんに、会うことを期待して。


まるで今日は何事も無かったかのような静かな道を歩いていると、快斗が世間を騒がせる大泥棒なんて事実が嘘のように思えてくる。そんなことを考えていたら少し遠くのほうでパトカーのサイレンの音が聞こえた気がして、現実に引き戻されてしまった。
ようやくチカチカとコンビニのオレンジ色のライトが見えてくる。

「アイス買うか」
「そのつもり。新しいチョコレートバー、出たらしいよ。なんでもしましま…」

アイスの名前を言いかけたところで、快斗はよし!競争!と唐突に笑って走り出してしまった。こんな真夜中にコンビニに、それも怪盗キッドが盗みの帰り道にアイスを買いに走るなんて笑ってしまう。世の中のひとも警察も、まさかこの人がキッドだなんて思いもしないだろう。こんな姿を見るのはわたしだけ、だ。子供みたいな年下の男の子の小さくなる後ろ姿を追いかけながら、気障な怪盗さんと出会った日のことを、思い出していた。


「快斗、アイスどれにする?」
「しまうまはうまうまバー」



20200508
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