私の切り札 | ナノ
「あんたねぇー…」
ふるふると肩を震わせ、拳を握り締める愛しき人。
私の大好きなその顔には、これでもか、ってぐらいに眉間にシワが出来ていた。
「トウコさん?」
「っ……!毎回毎回セクハラすんなー!!」
見事なアッパーが私の顎にクリーンヒット。
痛い、ただ太ももを少し触っただけなのに。
普通なら倍返しだけどトウコさんには出来る訳無いから仕方なく謝る。
「……すみません」
「毎回聞いてるっての!ほんっと、懲りないわね」
「だってトウコさんがー…」
「私のせいじゃない」
「……ううっ」
なぜわかってくれないのか。
単純にセクハラしたいだけじゃないのに。遠い所にいる友達の子が頭を過ぎる。
どうやって付き合ったんだっけ、忘れたや。
「トウコさん」
「…何、メイ?」
名前を呼ばれて、顔がにやける。ああ、もう本当に好きだ。
気持ち悪いなんて言われてるけど、気にしないようにしよう。
「暇だったら、少しお出かけしませんか?」
「……いいけど」
「本当ですか!?嘘とか言わないでくださいよ!!」
「言わないわよ」
やったー!!って叫びながらガッツポーズ。
好きな人といれるとなったら喜ばない訳が無い。
飽きれながらも楽しそうに笑うトウコさんは可愛い。
幸せな気持ちってこんな事を言うんだろうな。
「あ、なにこれ美味しい」
「でしょ、トウコさんが好きそうだなって。場所も調べましたし」
「よくやった」
「いえ」
あの後しばらく買い物をして、二人でカフェに来た。
カフェと言っても普通のとは違う、和風な場所だ。こちらには珍しい和菓子や洋館なんかがある。
今私は栗饅頭やたいやきを頼んで食べているけれど、トウコさんは抹茶あんみつを食べていて…それは良いのだけれど。
その顔が凄い幸せそうで、美味しそうで、ちょっと意地悪したくなる。
駄目だ、ダメだ、だめだ…!なんて暗示をかけてたのに、どうやら無意味に終わったらしい。
気がつけば抹茶あんみつのお皿から少しだけ、すいっと掬い上げて口に含んでいた。
「うまっ…」
「あ、ちょ、メイあんた!それ私の」
「あ、あはは、すみません。美味しそうで、つい」
「ついって…」
「たいやきあげますから」
ね?なんて問えば、少しふて腐れがらも差し出したたいやきに口があてられる。
間接キスになるなぁ、なんて変態紛いな事考えちゃったり。
…それより、睫毛意外と見違いんだなとか。長いかと思ってた。
だけど肌白いなぁ、唇は綺麗な桜色だし。
…キスしたら、怒られるだろうけど。
あまりの間、長く見つめ過ぎたみたいだ。
…何?なんて聞かれた。頬が微かに赤くなってるから、恥ずかしかったのかな?
「何でもないですよ」
「………」
「トウコさん?」
「そんなに…」
「え?」
「そんなに食べたかったなら、言えば良かったのに」
…一体、トウコさんは何を勘違いしてるのだろう。
確かに美味しそうだったけど、私の目当てはあなたなんですけど。
ほら、なんて抹茶あんみつが入ったスプーンが差し出される。
特別食べたいとは思わないけど、やっぱり好きな人に差し出されたら断れない訳で。
「良いんですか?」
「…だから言ってるんでしょ」
「じゃあ、あーん」
ぱくりと、口に含めば抹茶の苦みとようかんの甘さ、更に言えばしろたまの感触なんかが口に広がる。美味しい。
さっきも同じの食べただけなのに、こうも味が変わるなんて。
やっぱり好きな人が食べさしてくれたからだろうか。
「ありがとうございます」
「…別に。早く食べてそろそろ出るよ」
「はーい」
少しまだ赤みを残しながら口をぱくぱくと動かす姿に胸が打たれる。
だからかな、嫌でも見とれちゃって、あまり食べ物の味が分からなかった。
夕方、夕日が沈み始めていて。
夕焼けに照らされるトウコさんは綺麗で、そんな人の傍にいれるのが凄く嬉しい。
大体、女同士な時点で変な話だけど、好きなものは好きだから仕方ない。
今までは普通に男の子に恋してたけど、今思うと本当に恋だったのか疑問なくらいにトウコさんにベタボレだ。
私を困った危険な後輩なんて呼ぶけれど、そうでもしないと面倒臭がりでサバサバしたあなたに近づけないし覚えてもらえないだろうし。
ふと歩みが止まって私も足を止める。
どうしたんだろうと待ってると、くるりとこちらを向いてきた。
「トウコさん?」
「…あのさぁ」
「なんですか」
「先輩をからかうって、楽しい?」
「は…?」
何だろう、訳が分からない。拒絶されたのかな、私。からかってないんだけど。
ショックを受けてるのに気づいたんだろう、悪い意味じゃなくてと付け足してきた。
「悪い意味じゃないって…」
「あー、その、なんていうかさ…メイって素直っていうか…だからさ」
「………」
「調子が、狂う」
言ったと思えばふいっと目を逸らされた。
けれど、その耳が真っ赤なのは見逃さなくて。
多分今日一番のにやけ顔になる。
「っ…、トウコさん!」
「なに…」
「だいすきです!」
迷いもなく伝えれば、先程よりも赤くなる顔。大丈夫なんだろうか。
変に心配して顔を近づければ頭を叩かれた。なんで、と思いトウコさんを見て理解する。
「もしかして、キスすると思いました?」
「なっ…」
「絶対思っ…」
「うるさい!」
あぁもうなんて言いながら、頭を痒く。そして睨んできたかと思えば真っ赤な顔で。
「…ほんと、あんたといると調子が狂ってわけわかんない」
一言吐いて、大股で歩いてくトウコさん。思わず駆け出して、横まで走る。
だって今、トウコさんの弱点と気持ちに気づいてしまった。
弱点は、多分私のだいすきに弱いらしい。
気持ちは…完全に私に落ちるまで、あとどれくらいだろう。
だからこそそれまで、だいすきと言う言葉は切り札としてとっておこう。
そして、トウコさんが私に完璧に恋に落ちたら言うんだ。
ずっと前から恋愛としてだいすきです、付き合ってくれませんか、って。