泡のように、消える。 | ナノ





ピンポーンと、訪問者を知らせる音が部屋まで響く。
一体誰だろう。ヒビキくんか郵便物辺りだろうかと思いながら扉を開ければ、嬉しい訪問者がそこには居た。


「やっほ、久しぶり。今日大丈夫かしら?」

少し汗をかいて暑そうにしながら立って居たのは、私の思い人のブルーさんだった。
予期せぬ出来事に慌てて返事をしたからか、少し声が上擦ったのが分かる。
おじゃまします、なんて言いながら入って来たブルーさんの手には何かの箱が握られていた。


「ブルーさん」
「んー?」
「その箱なんですか?」
「あ、これ?」

何気なく聞いたら一瞬手持ちの箱を見た後、ずいっと…私の前にその箱を差し出してきた。

「…え?」
「お土産よ、お土産」
「あ…ありがとうございます」

ブルーさんに断りを入れて箱の中身を見れば、そこにはちょこんとした色々な可愛らしいケーキが数個、綺麗に並べられていた。
確か此処のメーカーのケーキは、タマムシにできた最近流行りのカフェの物だ。
女性に人気のそこは、美味しい食べ物からは考えられないくらいにカロリーが低く、テイクアウトも出来る。だからか忙しいOLから最近のミニスカート少女達まで、女性の人々の癒しのカフェと言われている。
けれど店の雰囲気は良く男性客や親子まで色々な人が利用してるみたいだ。

「すみません…わざわざ」
「良いのよ。大体、今日此処に来た理由はそれだもの」
「ケーキが?」
「そう。ちょーっとね、そこに寄る機会があって。帰りがけにそういえばコトネ来たこと無いっていってたし」
「っ…」

どきん、と胸が高鳴る。
だって、好きな人がそんな風に自分を思い浮かべて、自分の為になにかしてくれるなんて。

でも……だめだ。勘違いしちゃ。
ブルーさんにはちゃんと、

私以外の好きな男の人がいるんだし。

なんだか、なよなよした自分が嫌になる。
いつも周りには大丈夫だとかいって背中押してるくせ、自分の事となるとそうだ。

…それにこの表情は。
言わなくてもわかる。カフェに行ったのは、ブルーさんは想い人といたからだ。
顔を見ただけでブルーさんの気持ちがわかるなんて馬鹿みたいだけど、それぐらい好きで。

ブルーさんを部屋に上げてダイニングへと足を運ぶ。戸棚からお皿を一枚引っ張り出してケーキを並べていく。
最初はお皿の模様や部屋なんかは使い勝手を優先してたけど、私の目の前にあるお皿はピンクの可愛らしい模様がほとこされた物だし、部屋だってそうだ。
ガサツな私にブルーさんは女の子は女の子らしくなんて言ってきて。
可愛らしい物があれば話題になるし年齢からかもだけど、そんな物を持っていたら可愛いと褒めてくれる。可愛いなんてあんまり嬉しく無いけど自分の好きな人からとなるとやっぱり嬉しくて。

まぁでも、あなたの方が可愛いなんて本音は、口から出ることはないけれど。

この前かったミックスオレとミルクティーがちょうど冷蔵庫に入ってたから、コップに氷を入れてミルクティーを注ぐ。
個人的にはミックスオレ派なんだけど、ブルーさんはイメージとピッタリなミルクティー派だった。すこしだけ、可愛さを残したオシャレなコップには水滴が少し、垂れていた。


零さないよう順調に階段を歩いて、部屋の前まで行けば、扉が静かに開く。
どうやらブルーさんが開けてくれたみたいで気がきくなぁ、なんて。


「ケーキとミルクティー持って来ました」
「あら、ミルクティー?ありがとうね」
「いえ、たまたまですよ」

たまたまなんて、そんな。
いつブルーさんが来ても良い様に常に買ってる癖に。
……勿論飲みきれなかったときはヒビキ君とソウル君に無理矢理あげてるんだけど。


二人で向かい合うように座り、机の上に積んでいた雑誌を引きずり落とす。
それにはポケモンの特集と髪型なんかについての事が書かれていて、この髪ならこんな服が似合いそうとかこのポケモンが欲しいなんて会話を交わす。
特別楽しい内容でもないし、くだらない事内容が大半で、年の差からか意見の食い違いもあるけれど、それでもこんな時間が一番の私の宝物だった。

…本題に入る前までは。


ふと、会話が途切れて。
少しの間が開いた後に急に言い難ずそうに、けれど幸せそうな顔で何かを伝えようとしてくるブルーさんがそこにはいて。

「…どうしたんですか」

なんて、嫌な予感しかしないのに私の口からは勝手に言葉がするりと抜けて。
その言葉に背を押されたかのように、顔を上げて嬉しそうな、声で。

「あのね…あたし、今日彼に告られたのよ」

心に、溝が開いたような感覚に襲われた。
冷たい風に晒されて、ぽつんと消えた何かから、徐々に水が湧き出るような感覚で。
本当ならここで耳を塞いで、断ってください、私の方がブルーさんを好きですなんて泣きながら伝えたいのに、私の理性がそれをさせない。

「…ほ、本当ですか?」
「そうよ、今日二人でカフェで会話した後、ケーキ買ってる時に大事な話があるって」
「それで?」
「帰り道で、ずっと好きだった、付き合ってくださいって」
「よ…かったじゃないですか!やっぱり私言ったじゃないですか、ブルーさんなら大丈夫って」
「それはコトネが毎回相談乗ってくれたからよ!」

嬉しそうに笑う顔が何よりも好きだった。けれど今はまるで刃物でも刺されているかのように、どんどん心が痛くなっていく。
いわば失恋、ってやつなんだろうか。

「コトネに好きな人が出来たらあたしに言ってね?年上として、その想いが実るように応援するから」

やる気いっぱいな顔で言ってくるブルーさんに感謝の言葉を伝えては、一人息を呑んだ。


今はどんなブルーさんの言葉も私には重い。
だって、それを伝えたら困るのはあなたじゃないですか。
好きなのはあなたなんです、なんて言えない。


どれぐらい時間経ったのかわからない、ただ、余り記憶にその後の事が残っていなかった。
しいていうなら、その彼の話をしていた、だけ。


気がつけばブルーさんはもう玄関にいて、さようならと別れを告げていた。
無意識でもいつも見たいに笑顔でさようならなんで言ってる自分が、第三者視点に見えて笑えて。

ブルーさんが帰り、ダイニングに先程使った二人分の食器を持っていく。
水をだして、自分のコップと二人分のお皿に水を張って。
ブルーさんのコップを握ってまた、困惑して。

赤い夕日の光が窓から入りこみ、私の手とコップを照らし出す。その光景をみて、ついに何かが壊れたかのように初めて泣きわめいた。


失恋、したんだって。
改めて実感したから。


元々恋心に気がついた時点で叶うとは思わなかった。ブルーさんに好きな人が出来た時もそれでブルーさんが幸せになるならと本気で思った。
でも、なによりこの恋心は本物だったから。


溢れ出した涙が視界を奪う。
多分明日からはこれまで以上に会う回数も減って、二人で会話する時間も減るんだろう。
あの表情も気持ちも何もかも、ブルーさんの想い人だけのものになる。

伝えれば良かったとは思わない。困らせたくはなかった。
でも、結局はこうなるんだったなら。
だけど今更後悔しても、遅い。


ただ流れ出る涙がうざくて、けれど拭う力も気力もなくて。初めて味わった初恋と失恋は、私にはまだ重かったみたいだ。


頭から浮かんで、口元から零れた私の気持ちは、音になることもなく空気と化して。



泡のように、消えた。











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