とある夏の花火大会 | ナノ










「そろそろ行こうぜ、レッド!」







ばん、とノック音さえせずに開かれた扉には今にも待ちきれないというような表情のグリーンがいた。
そんな彼の服装は彼の名前と同じ緑色の浴衣に藍色の帯をしていて、似合うだろなんて言ってきた。
誰がそれ着付けたの、なんて問えば姉ちゃんがしてくれた!と自慢げに語るグリーンの話を聞いて、相変わらずナナミさんは何でも出来るななんて感心してしまう。

ふと時計をみると既に5分近くたっていて、グリーンと居ると時間の感覚を忘れそうになる。
余り遅くから行くと人が多くなるから、出来るなら先にお参りぐらいはすませたい。
行こうと声をかけてグリーンの手を掴んだら一瞬目を見開かせた後、これでもかと言う程嬉しそうに顔を輝かせながらおう!と返事が返され、気がつけば僕が腕を引っ張られる形となりながら夜道へと続いた。





「うわぁ…すげぇなぁ……」





わいわいと活気溢れる人だかりに、食べ物を焼く音、漂ってくる香ばしい匂い、そしていらっしゃいと言う言葉が飛び交う屋台。
夏の風物詩というか、それは良くある夏の光景だ。
けれども、一年間で巡る四季のなかで夏という季節にしかないそれは、久しぶりと言うこともあり、確かに着々と気持ちを高ぶらせていく。
浴衣や仁平、私服など皆服はばらばらで、来ている人も友達から家族、恋人まで様々だけど、誰もが皆この祭を楽しんでいるのが表情で伝わって。
だからか、まだ来て間もない僕達も、まるで数時間前から来ていて祭を満喫しているかの様な気持ちになっていった。

今回祭が行われているのは、ジョウト地方にあるコガネシティだ。
ここカントーとジョウトで年に一度だけ、最も膨大な祭がある。それは毎年場所が変わり、カントーとジョウトを行ったり来たりとして、行われるのだ。
勿論その時は祭が行われる場所のジムリーダーが主催者となり、その人のセンスが表れる。
無難に楽しめるものから少し右斜めに行った祭まで様々で、昔グリーンと行ったトキワの祭は幼いながらにとても素晴らしく、確実に皆が楽しめる、幼い子も笑える様な凄く雰囲気の良い祭だったのは覚えてる。……まさかその頃は、そのジムリーダーがロケット団のボスだなんて考えつかなかっただろうけど。

「あ、りんごあめ」

その声に遮られ、僕の頭に浮かんでいた事は全て消えさってしまった。
声を発した主に視線を向ければ、るんるんとした雰囲気を纏わせ、まるで周りに花でも飛び交ってるかの様な様子で屋台のおばちゃんへと声をかけていた。
しばらくしてにこにことした表情で、駆け寄ってきたグリーンの手元には二つのりんごあめが握られており、どうやら気前の良いおばちゃんが一つ多くくれたらしい。
幸せそうな顔をしながらりんごあめを頬張るグリーンにはあるはずもない犬耳があるように感じて、今実際に耳としっぽがあるなら耳はぴん、と真っ直ぐに立ち、しっぽはこれでもかというぐらいに左右に振られているだろう。
こうやって見ると本当にまだ子供みたいで、いつものジムリーダーとしての風格や、バトル時の鋭い眼光、それにジムを経営する統括力にどんな時も冷静に対応出来る頭脳に観察力やバトルセンス。自分が言うのも変な話だけどそれらすべての並以上の能力に、美形な外見のためか14歳には見えないのだ。けれども普段なら見せることのないこんな表情を見るとどうしても年相応にしか見えない。
多分こんな表情をするなんてジムのトレーナーと極少数の人間、そして僕しか知らないと思う。これが幼なじみやライバルの特権と言うのなら、僕は同じ場所で同い年に産んでくれた母さんやグリーンのお母さんに感謝するしかない。
次は金魚すくいにいこう、と言う愛しき幼なじみと共に金魚すくいへと足を向けた。




水の中を優雅に泳ぎながら舞っているかのような金魚が大きな青いケースに入っている金魚すくいの場に、場違いでは無いもののその金魚達の優雅さとは不釣り合いな声が響いてきた。

「ちょ、また破れた!…おいちゃんもう一回!!」

聞き覚えのあるその声は、グリーンの声に似てもいるが、勿論僕ら二人から発せられてはいない。
ということは、だ。
その声の主に視線を向ければ思った通り、僕ら二人の弟がいた。

「グリーン、ファイアとリーフがいるよ」
「まじか!おい、リーフ!!」
「え?…にいちゃん?兄ちゃん!!」

こちらに気づいたリーフはブンブンと手を振って、どうしても動物…どちらかと言うと小動物のように見える。けれどそんなリーフに負けず劣らずグリーンも同じくらいうれしそうで、この二人の前世は動物か何かだったんじゃないかと疑問さえ浮かんでくる。
本当に二人は仲良しで、多分ここまでぼのぼのした仲の良い兄弟はいないだろう。けれど僕ら兄弟だってこんな風に会ったら喜んだりとかはなくとも仲は良いと思う。

「兄貴、何か食べた?」
「いや…今の所グリーンの行きたい場所ついていってるから」
「そっか…僕も何だけど、リーフ金魚すくい苦手みたいで」
「やめさせないの?」
「兄貴なら分かると思うけどほら、意外と変な所で負けず嫌いだし」
「あー…」

確かにグリーン程あからさまでは無いけれど、リーフも意外と負けず嫌いなのを思い出す。さすがグリーンの弟と言うべきか。
二人はいつのまにやら金魚すくいを始めてた。二人とも金魚をすくうのは出来るがどうやら茶碗に金魚を入れる前に破け、また挑戦を繰り返していた。
出来るなら僕が取ってあげてもいいが、生憎僕はこんな風に神経を使う作業は向いてない。下手したら金魚をすくう時点で無理だろう。
ただ眺めるしかない僕の横にいたファイアが、すこし楽しさを含んだ苦笑いのようなため息をはいて、二人の間へと座った。

「良い?リーフとグリーン。金魚すくいはこうやるから見てて」
「え、ファイア出来んの?」
「兄ちゃん失礼だよ、ファイアは何でも出来るんだよ」
「ふぅん、なら詳しく教えて貰おうか」
「いや、そんな事無いけど…。まぁいいや、えっと…」

そうやって二人に説明するファイアはとても詳しくて、ポイの裏表や、紙の部分の強度をあげるために水に全てつける事、狙うとよい金魚にすくうタイミングなんか実行しながら言って理解しやすかったし、なにより。
その金魚をすくう動作かすごく綺麗で、一瞬にしてたくさんの金魚を捕まえて。店のおじさんは幸運に良い人だったらしく楽しそうにこれはまいったなぁ、なんて笑っていた。

ファイアのお陰でグリーンとリーフの手元にある金魚が入っている袋には色鮮やかな金魚が三匹ずつ入っていた。
ファイアにお礼をいって別れる。
既に知ってたけど、僕の弟らしからずファイアは何でも器用にそつなくこなす。だから今は無いみたいだけど、昔薄々と気づいていた僕に対する劣等感は逆なんじゃないかと思う。
確かにバトルじゃ少しばかり僕のほうが強いけど他は自信もって良い程ファイアに劣っている。けどやっぱり僕が病まないのもファイアが今こうしているのも僕らが互いに大切な…いや、他の人だって。自分の大切な人の影響なんだな、と思うと横にいるグリーンがとても愛しくて。
何だか今日はいつも以上に色々考えてるな、なんて自嘲して。そんな僕を思わず覗いてきたのであろうグリーンの顔が可愛くて笑った。


しばらく夜道を歩くと、一つだけやけに騒がしい声が屋台から聞こえてくる。
思わずそちらの方に視線を向けると良く見る髪型の人物がいた。
爆発頭が二人にツンツンした髪型と男にしてはながいセミロングあたりの赤髪が二人。間違いない、あれはゴールド達だ。
声をかけようとするとグリーンにそれを止められた。何故、そんな目でみれば口元に人差し指を当ててにやにやとして。……観察するつもり、みたいだ。
あまり良い気はしないけど悪い気もしないからそのままゴールド達を見ていた。

「てめぇら、マジざけんなよ!!」
「別に俺は一度もふざけてはいないがな」
「シルバーは良いんだよ、そこの二人!!」
「え、僕たち?」
「しかいねぇだろ!てめぇ俺の弟だろうが!!なんで兄をこき使ってんだよ!!」
「だってゴールドだし」
「あと、俺はついでな」
「ちょ、まじヒビキもソウルもふざけんな!まずお礼くらいいえや!!」
「…お疲れ、ゴールド」
「しるたん…」
「はやくそのジュースくれないか」
「フラグゥゥゥウ」

哀れ、というべきか。
ゴールドって普段立場高いのに、あのメンバーだと意外と立場弱いんだ。なんて思ってしまった。
弟からの扱いの酷さが僕らと違いすぎて、けどだからって仲悪い訳ではなく仲良いんだろうなって。ケンカするほど仲が良いって言葉あるし。
グリーンはと言うと楽しそうに馬鹿だよなぁ、あいつらなんて笑ってて。
声かけようぜ、なんて言いながらゴールド達の所へ歩いて行った。


「よぉ、久しぶり!」
「あ、グリーンさんとレッドさん、久しぶりっス」
「こんばんは。」
「なにつくってんだよ?」
「はしまきです。あ、グリーンさんとレッドさんにあげますよ」
「…そっちはタレ薄くでアンタはタレ多めだよな?」
「うん、ありがとう」
「つーかヒビキとソウルは見てて屋台してるってわかるけど、ゴールドとシルバーはなにしてんだよ?」
「あぁ、俺はソウルから屋台するって聞いて手伝いとか」
「んで、シルバーが行くんならおれも行かなきゃだろ、って!!」
「それであのパシリなんだ」
「そーなんスよ!!シルバーはまだしも弟とその恋人にまで……っ!!」
「まぁゴールドさんらしいよな」
「ソウルおめー…」
「大丈夫、対して役に立ってなかったし」
「ヒビキお前このやろう……!!」


皆でからかってふざけては笑って。なんだかんだで仲良いと言うか何と言うか。
ヒビキが作ってくれてソウルがタレ多めにしてくれたはしまきはとても美味しい。
味がタレのお陰でしっかりした上で、野菜のシャキとした新鮮さ。焼き具合も良くてすんなり喉の奥に入っていった。
ごちそうさまと伝えればヒビキは、はい!と元気な返事を返してソウルは目をそらしてあぁ。とだけ言ってきた。これが俗にいうツンデレか。

しばらく話しているとそろそろ花火が上がる時間になっていて。
少し名残惜しくも皆と別れた。


グリーンを連れて人通りの少ない草むらを二人で歩く。
ここの少し先にある広場は結構位置的に高くて、花火を正面から綺麗に見ることができる。去年、なぜだか花火が見たくなったときに見つけた場所で。けれど、一人だけで見た花火は、無性にかなしくて、切なかった。
草むらなのにポケモン達が来ないのは、多分ポケモンも大切な家族や仲間、恋人と花火を見て、祭の雰囲気を楽しんでいるんだろうなんて。
しばらく歩くとその広場につく。イスがあるその場所に二人で座って。
グリーンも初めて来たらしきこの場所は、雪の無いシロガネみたいな感じで町も人も綺麗に見れて。
綺麗な景色をグリーンはどうやら喜んでくれて。花火も良く見れる事を伝えると楽しみだな、と言い笑うグリーンに僕も頷いた。


ヒュウッ、という風を切る音が聞こえて、花火が光る。
まずは最初に赤と緑、次に黄色と青の色の花火が咲き誇る。消えては咲いてを繰り返す花火は思わず惹きつけられるなにかがあって。
目の前には草木もなく、ちょうど僕らの位置の少し上ぐらいに花火が上がる。
グリーンを見れば楽しそうに空を見上げていた。
あ、いま俺達の色。なんて言いながら笑いかけてきたグリーンにどきっとする。多分、昔の……いや、三年前の僕には、こんな風に恋人としてグリーンの横にいるなんて考えもしなかっただろう。
けれど今はグリーンは僕の横に居て、いつも好きだと言ってくれて。
三年、三年もこんな臆病で弱虫な僕をまっていてくれた。大切なライバルで幼なじみで必要だと言って、怒ってくれた。
だっからこそグリーンの為ならなんでもしてあげたい。お礼を言ったって言い足りないくらいに、今も昔も色々迷惑をかけていて。

花火も終盤に差し掛かったのか控えめな花火が少しだけ咲いて、この日の終わりを知らせてくる。けれど、もう去年みたいに悲しいなんて思わない。僕の横で笑ってくれる大切な人がいる。
アナウンスが入り次が最後の花火と伝えてくる。それは決まって特大の花火だ。その音に紛れさせて、この言葉を吐いたら、君はどんな顔をするだろう。



いつもありがとう、愛してる。
これからも傍にいてください。






とある夏の花火大会














サイト公開記念!!
気がついたら凄い長くなってた……。
お付き合いありがとうございます!



第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -