修行
「…え、今なんて?」
「だから、修行に付き合えと言っているんだ、景時」
九郎は真剣な眼差しで景時を見ている。どうやら冗談ではないようだ。
「いやいやいや…オレ?リズ先生や弁慶がいるでしょ?」
「…先生が『普段とは違う相手と戦うのも修行だ』とおっしゃったのだ。…弁慶は今薬の調合に忙しいらしい…。お前しか相手がいないんだ」
「…だ、だって、オレは銃だし…刀の相手は…」
その言葉は、九郎が景時の目の前へ刀を押し付けたことによって途切れた。
「もちろん刀同士で、だ」
「は…?」
「お前も刀を使えるだろう。…しかも、それなりの腕だと聞いている」
心なしか、九郎の目は輝いているように見えた。
確かに、刀の訓練は受けた。それに、軍奉行の立場上、戦の中で大将同士の一騎討ちになった場合は、銃を使うわけにはいかない。そのときは、景時も刀を使っている。そして今日まで生きているということは…少なくとも、他の大将よりは刀の腕がよかったということになる。
「お、オレなんて…下手だし、九郎となんか剣を交えたら…死んじゃうよ〜」
「大丈夫だ。大切な仲間を殺す訳がないだろう?」
「……せ、洗濯しなきゃいけないし…」
「ああ、その心配はない。既に他の者に頼んである」
「ひ、ひどいよ〜っ」
「お前の部下にも、用があって景時は夜まで戻らないと伝えた」
「そんなぁ…」
しかし、言っては悪いが、九郎がここまで用意周到なのは不自然だ。
「やけに準備がいいけど…誰の入れ知恵…いや、誰かに助言してもらったの?」
そう言うと、九郎は心底驚いた様子で景時を見た。
「よくわかったな…弁慶が、お前と修行ができる方法があると言ったので、教えてもらったんだ」
「やっぱり…」
絶対に次は弁慶に押し付けてやると心に決めた景時だった。
*******
「…用意はいいな、景時」
「ほ、ホントにするの…?」
刀を持って構えた時点で、もう諦めなくてはならないと思いながらも、最後の足掻きをしてみた。
「当たり前だろう。…軍奉行のお前の実力、見せてもらうぞ…っ…たぁっ!」
「う、うわっ…いきなり打ち込んでくることは…っ……な、ないでしょ…っ!」
本物の刀を扱っているので、まだ本気でないにしても、九郎の鋭い太刀捌きに命の危険を感じる。
「…変わった受け方をするのだな…」
「ま、まあね…ってわっ」
九郎の上からの振り下ろしに、景時は下からはじく。普通は上から自分の体重を乗せて刀を扱うものだが、景時は下から上へを基本として刀を振っていた。しかも片手で。余程の力がなければこんなことはできない。…まあ、普段から鉄の塊の大きな銃を片手でくるくると扱っているのだから、力があって当然だが。
「先ほどから受けてばかりではないか!景時、お前も打ち込んでこいっ!」
「わ、わっ……そんな簡単に言うけど…っ……」
九郎の打ちは鋭く、隙がない。しかもだんだん速くなっていっているのは気のせいではないだろう。生半可な気持ちで安易に打ち込むと負ける。いや、景時としては負けてもよかったのだが、それでは九郎が納得いかないだろう。
「遠慮はいらんっ」
「…っ……わかったよ……じゃ、本気でいくよっ!」
景時の目付きが変わった。護りの打ちから攻撃の打ちへと転換する。
「はっ!…だあっ!」
「………」
気合いの入った声を出す九郎とは違い、景時はただただ無言で刀を繰り出す。
「くっ…(戦いにくい…!)」
景時の下から上の打ちの連続と、変わった足使いに、九郎は本来の力を発揮できずにいた。
「………あ」
「?」
景時の動きが一瞬止まった。疑問に思いながらも、九郎はその隙を逃さず、景時の首に切っ先を突き付ける。
「…勝負あったな。…戦いの最中によそ見をするなといつも言って…」
「何してるんですか!?」
九郎の言葉は、怒気を含んだ可愛らしい声に遮られた。
「なっ…望美…!?」
「望美ちゃ〜ん。九郎がいじめるんだよ…!」
先ほどの殺気はどこへ行ったのか、景時は情けない声を出して望美に訴える。
「九郎さんっ!」
「ち、違う…これは…」
「どこがどう違うんですか!?いくら景時さんが根性ないからって、刀を突き付けることはないでしょう?」
「こ、根性がないって…」
景時は泣きそうになった。
「とにかく、景時さんをいじめるのはやめてください」
「いじめてなど…」
「刀を使えない景時さんに刀で勝負すること自体、いじめですっ」
「違っ…」
九郎は思わず景時を見やるが、彼は泣きそうな顔で何度も頷いているだけだった。いくら言っても無駄だと察した九郎は、大人しく刀を収める。
「もうすぐ夕食の支度が整いますから、手を洗っていつもの部屋に来てくださいね」
そう言って、望美は小走りに去っていった。きっと他の八葉にも伝えに行くのだろう。
「…景時」
「な、何かな〜?」
瞬間、九郎は満面の笑みを浮かべた。
「いい修行になった!これからもよろしく頼む」
「は?…ちょ、ちょっと待ってそんな…っ」
もう刀の修行なんてまっぴらごめんだ。
「しかし、あの刀捌きは珍しいな…」
「あ〜…」
あの振り方には意味がある。斬る側とすれば、上から振り下ろすほうが、力も加えやすく扱いやすい。だから、その打撃を防ぐために兜や鎧はできている。景時はそこに目をつけた。下から上へ斬ることにより、操作は難しくなるが、鎧のない部分は狙いやすくなる。ちなみに、変わった足捌きは相手の意表をつくため。…あれは、殺すための刀捌きだったのだ。
「…九郎みたいな綺麗な刀捌きはできないからね…ちょっと工夫してみたんだ」
本当は、普通の刀捌きで応じようと思っていた。しかし、九郎の素早い斬りに、咄嗟にいつも使っている刀捌きが出てしまったのだ。もちろん、九郎に使いたくはなかったし、殺人目的の刀捌きなど、望美には見てもらいたくなかった。
「なるほど…だが、見事なものだった」
「…ありがとう…でも、もう修行には付き合わないからね〜」
そう言うなり、景時は逃げるように走り去っていく。
「なっ…ま、待て、景時っ!」
その後数日間、景時が九郎から逃げ回ったというのは、また別のお話。
end
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