別のジャンルの二次文章 | ナノ

seek unconsciously 2[鉄LB/森次×早瀬]



続き

▼早瀬少年は独りギクシャクしている


*******


森次に強引に腕を掴まれ室内に引き込まれた。
扉が閉まり暗転する一瞬、偉く近い距離で互いの視線が交差する。
浩一が近いと感じた直後、ほぼ同じタイミングで室内が明るくなった。
毎、浩一は身体をそのままドアに押し付けられた。

「…っ」

近い距離、浩一はただ茫然とその目を見上げた。
度の入っていない以上、見せ物でしかない眼鏡の向こうに据える瞳は相も変わらず平常。
浩一にはこの森次玲二という人間が今何を考えているのか、全く見当もつかなかった。

「急に何ですか」
「ああ…なんとなく、だ」

特に理由は無いな、と付け足した。

「なんとなくって…?」
「そうだな、敢えて“理由”をつけるなら、お前が“理由もなく”逃げようとしたからだ」
「別に俺は逃げたってワケじゃ…」

(実際その通りだけど…さぁ)

浩一から、不意と視線を逸らす。

(ん…?理由もなく?違うな)

理由がないわけではない。
一瞬脳裏に映ったそれが、そうさせたのだ。
反射的に、本能的に身体が動いた。
というか、なんと云うか、
…そう、理解はしている。


(俺はまだ…矢島のコト引きずってんのか…、くそ…)

「…」

流石にさっきのは露骨過ぎたかと、水面下で後悔した。

「それはさておき、だ。早瀬」

森次から話を切り返した。
何か言いかけて、

(…血痕?)

何気なく向けた視線の先、黒いスーツの裾から覗いた浩一の右手の甲、めったりと血糊が付いていたのに気が付いた。

「この右手はどうした?」
「あぁ…そりゃさっきの闘いで、ホラ…」
「…ああ、“アレ”か」
「そ。アレです」

怒りに任せてコックピットを飛び出し、ラインバレルに打ち付けた拳だ。

「…痛々しいな」

その手を取ると、森次は表情一つ変えることなく呟いた。

「それ…、アンタが言うのかよ」

あきれたような、軽く笑って浩一は返した。

「そうだな」

頷きゆっくり屈むと、少し眺めた後に

(…へぇっ?!)

あろうことか森次はその手の甲に唇を当てキスをした。
触れたのは一瞬。
何が起きたのか、浩一は理解出来なかった。

「痛みは無いのか?」

浩一の動揺を他所に、顔を上げると森次は平然と問いかけてくる

「…あぁいや、痛いは痛いのですが」
「…が?」
「…いや別の意味でちょっと痛いです。ああいや何でもないです平気です」

自ら頓珍漢な返答に気がついて、浩一は吃りながら答えた。
動揺しすぎて、言葉が震える。

「…洗ってこい」
「…はぁ」

森次はその浩一の動揺など、特に気に留めることなく言いつけると、向かって右側に備えつけられたドレッシングルームへ促した。
自分は先にリビングへ向かう。
浩一は茫然とその背中を見送った。

「…」

手の甲に残る、思いの外軟らかくしっとりとした唇の感触。

(なんだろうこれ…???)

理解が追いつかない
背中を眺めながら、浩一は戸惑いながら問いかける。

「あの…あのさぁ?森次さん?」
「何だ?」

震える声で問いかけてきた浩一に、やはり表情一つ変える事なく振り返る。

「今の何スか?」
「またそれか」
「いっ…やいやいや、だってだって!アンタさぁ!自分が何したか解ってます?」
「何…とは?」
「これ…何のジョーダン?」

手の甲を指差す。
ああ、と口を開く。

「冗談…か。そうだな…」

森次は一人納得したような顔をする。

しかし、
「敢えて理由を付け足すのなら、それは“なんとなく”だ」と先程と同じ台詞を繰り返した。

「なんとなくって、またソレかよ!そんな理由っ!」

「お互い様だろう?」
「なっ…!」

森次は答えると、フッと軽く笑って見せた。
その表情がどんな心理から来るものなのか、この大人の行動は本当に理解しかねる。

「何時まで、そうしているつもりだ?」

そして『早く洗ってこい』と煽り立てる。
浩一は返す言葉を無くし、ただ立ち尽くした。

(なんなんだ…?どういうつもりなんだ?)

さっきのは、真面目な返答だったのだろうか?
からかわれて、いるのだろうか?

「…くそ…調子狂う!」

浩一は不満を抱え込んだまま、渋々といった様子でドレッシングルームへ向かった。


****

手を差し出すと自動で水が蛇口から注がれた。
手の甲に水が降れた瞬間にチクリと痛みが走る。

(あー…クソ、全然痛ぇ)

血糊を擦りながら甲を眺めた。
その拳を打ち付けた、瞬間が脳裏に蘇る。
コックピットに搭乗したら最後、その囚われの身となってしまった浩一を盾に、自身の実娘と大事な仲間に脅迫を仕掛けたラインバレル…いや城崎天児。
そしてその天児が潰したアルマとそのパイロットの悲鳴が振り返す。

(……………くそ…俺はまだ…)

忘れようとすれば記憶は追い掛けて来た。追い付かれては一気に溢れだす。

何時かの、どうしようもない自分の愚かな所業も、共に蘇った。

『浩一』

ブクブクと気泡があふれやがてボコボコと音を立てて形を成した。
悲しげに、またどこか笑っているような、怒っているようにも見え、それがやがて懐かしい声色で手招く

ちがう…

(これは…幻覚だ…そうだろ?)

解っているのに…
振り切る事が出来ない。

同じように、その後ろで呼び掛けてくるそれらが、目に見えて解るまでに露骨に憎悪をむき出しにしている。あれは先程の戦闘での、

(やっぱり…お前もそうなのか?)

『   』

(そう…だよな、そりゃ…お前だって…)

繰り返し呼び掛けるそれを、直視出来なくて視線を逸らした。
(なら、おれは…どうすれば良い?)

どうしたら、

(どうしたら…)

「…せ、……早瀬?」
「っっ!」

様子を見にきた森次が、背後から声をかけた瞬間浩一は茫然と顔を上げた。
泡だらけの手をそのまま、ただ立ち尽くしていた。
青く冷めた顔色に汗が滲む。

「森次…さん…?」
「顔色が悪いな、何があった?」

浩一はハッと我に返り、慌てた様子で身構えた。

「…ちょっと考え事をしてて…それで、」

その浩一の手から血が滲む泡が滴り落ちる。瞬間、森次は手を伸ばしてその手を掴んだ。
びくりと肩を浮かせ、浩一は怯む

「…早瀬?」
「っ…」
掴まれた瞬間、先ほど触れられた唇の感触と温度を思い出す。
何だか急に懐あたりがざわつきはじめ、浩一は落ち着かなくなり視線を落とした。
血が沸き上がるような感覚を覚える。

「離してくれ」

目を合わせる事が出来ない。

「お前…」

(今度は何だよ、もうっ…!!)

「顔があか…「アンタが不可解な事してくれたからだろーがっ!」

ストレートに言い当てられ、思わずカッとなって突き返してしまい、浩一はハッと口を紡んだ。

「不可解?」

森次の手を強引に振り払う。

「アンタが“なんとなく”なんて、フザケた理由で、手の甲にキスなんかするからっ!…こっちは…っ!」

本当はそれだけじゃない。
考える事が多すぎて詰んでいるところに、こんな不可解な難題を押し付けられて、浩一はもうもうどう返せば良いのか解らなかった。

「ああ、そんな事か」
「そんな事って!おかしいでしょうが!!」
「そうか…そうだな」

改めて聞けばあっさり肯定され、一言で収められてしまうのだから、もう腹が立って仕方がない。

そうじゃない、求めている反応はそんなんじゃない

「そうだなって…アンタ…」
「だがお前は、抵抗も拒絶もしなかっただろう」
「…なっ!」

(今、なんて…?)

これにはもう、浩一は空いた口が塞がらなかった。

(俺、この人を拒まなかった?)

「そんなワケ…」
「…」

また新しい壁にぶち当たり、ただ愕然とする浩一を尻目に、森次は切り出した。

「振り払うことも、突き返すことも出来たはずだが、お前は何もしなかったな」
「違っ…、俺はっ!」
「私は、お前は真っ先に殴りかかって来るとばかり思っていたのだが?」
「それって…、殴られるかもって“前提”で行動に出たってコトですか?」
「そう…、なるな」
「…アンタ殴られたかったんですか?」
「そういう訳ではないが、ただ…」

(ただ…なんだよ)

「それでも構わないと、思った事を否定はしない」
「はぁ…?まさかいつかのあの一発でドMに目覚めたんですか?」
「…お前がそう想うならそれでも構わんさ」
「アンタなに言って…っ!」
「“痛い”からな、お前の拳は」
「…っ!」

まさかそんな返答が来ようとは

わざわざ、吹っ掛けるような言い方をしたのに、そんな事まで自ら肯定してくるなんて?

「私は、殴られても仕方がないと理解し、それでも構わないと判断した上で、それを行動に移したのだから、」

「…なにそれ」

それじゃあまるで、アンタが、

「……」

無言、浩一は森次と目があって、返す言葉がまるで浮かばなかった。

「大体っ…何で…っ!」

(何でアンタなんだ?せめて異性が良かっ…)

そう考えた瞬間に、脳裏に城崎絵美の顔が飛び込んできて、
というか城崎が良かった。とか
そうだ城崎が良い城崎が良いに決まってる!

怒りに任せた勢いで諸々言いかけて、慌てて口を噤んだ。

「…どうした?」
「なっ…なんでもないっ!」

半ば、八つ当たり的に浩一は怒鳴り上げた。
頬が微妙に赤くなり、耐えかねて再び視線も落とす。

(くそ…なんなんだこれ…)

もやもやして止まない。
なんでこんな事になっているんだ?

そもそも、

(俺は…なんでこんな奴の背中を…?!)

此処へ来た先の自分が妬ましい。

無意識ながらに、その背中を追ってここまで来た先の自分を呪いたい。

(俺は何を求めてんだ?この人に…!)

無意識ながらに、苦虫を噛む。

(…っ?)

そして自身の真意に、そこで浩一は初めて気がついた。

(…求めた?)

愕然とする。

(俺、この人に何かを求めた?)

自分でも何を言っているのか、理解しながらも出来なかった。

(だから手の甲にキスをされても、拒まなかった、と?)

そんなバカな話があるのか浩一?
相手は同性で
そんでもってあの森次玲二だぞ?

(いやいやいや…そんなそんな)

自身に問いかける
もちろん答えなど得られる訳もなく

(この人に何かを…求めているから?)

「…なにそれ…解らない…」

当然素直に認める訳にもいかない事情だ。考えれば考えるほど、答えから遠ざかって行く気がした。

「どうした?」
「…」
「早瀬」

再び呼び掛けられて、浩一はハッと我に返った。

「なんでもない!」

先程までの怒りと勢いは何処へやら、森次と目が合うと、再び視線を落として、浩一は首を振るう。

(なんてこった…)

次々派生する難題に翻弄されて、もうただ困惑するばかり。
これは想像すらしていない事態だ。

(なんなんだよ…この状況…もう、わけがわからない…)

どうする?どうすればいい?
…もう、思考力がついていかない。

当人に構わず、森次は再び浩一の手を取ると、有無を言わさずに、その泡を洗い流した。
上から手を重ねると、手のひらで浩一の手の泡と血糊を撫でるように落としてゆく。
触れてきたその手は思いの外冷たく、泡にのせてなぞられる度にぬるりとした触覚だけが手の甲に伝わってくる。

「何をっ…」

身体が必要以上に密着し、浩一は反射的に腕を引き離れようと後ろに下がった。
しかし引いた手は瞬発的に掴まれ引き戻されてしまう。

「森次さ…っ!「お前がグズグズしているからだ」

文句を言いかけた浩一より先に、森次はぴしゃりと言い付けた。
浩一はよもや何も返せなかった。

「まだ、少し腫れが残っているな」
「そんなの、直ぐ治るって…っ」

きれいに洗い流された後に、浩一は慌てて腕を引っ込めた。

「あまり無茶はしてくれるなよ」

森次は一息ついてタオルを差し出した。

「…それも、アンタがいうのかよ。アンタだって、昔は相当無茶苦茶するヤツだったって聴きましたけど?」
「言うさ。お前には」
「…」

(それ、どういうイミ?)

「さてな…」
「!」

口には出さずに思った瞬間、そう返しが来て、浩一はハッと森次の顔を見上げた。
見透かされたような…、そんな気分だった。
そんな浩一を他所に、森次は眼鏡を直しては「“どう”だろうな」と強調して呟いた。
目が合い、当然面白くないといった様子でやはり浩一は視線を逸らした。

(…)

「お…俺、そろそろ部屋に戻ります」

浩一は深くため息を着くと、どこかなげやりに話を切り出した。

「話はまだ、何もしていないのだが?」
「い…いいじゃないですかこの際もう!ほら、今日はもう遅いしっ、おれ明日には本社に戻りたいし、それから学…っ!」

早々と受け取ったタオルで手を拭き、逃げるように森次から離れようとした瞬間、再び腕を掴まれた。

プレッシャーに近い重圧を感じ、浩一は茫然と森次を見上げる。

「森次…さん?」

眼鏡を直して浩一を見下ろすと、

「まだ始まってすらいない、と言ったんだ、早瀬」

低いトーンでそう告げた。


*****
もう少しつづく
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