*鉤爪
上二つのオマケのVS洛山
ただコタちゃん対伊月さんを書きたかっただけ。



 ボールが床を叩く音が、大気を揺らした。ビリビリと、物理的な衝撃を受けるほどに、巨大なそれ。
 ドリブルは、ボールを床にたたき付ける勢いが強ければ強いほど、そのスピードを増す。だけどもそのスピードが増すごとに、ボールをコントロールするのも比例するように難しくなる訳であるのだが。
 伊月の目の前に立ち塞がった葉山小太郎は、通常ならば上の上を誇る難易度であるのだろうそれを、いともたやすくに行っていた。

「残念だけど、あの子じゃ無理ね」
「ああ゛?」
「小太郎を止めるのがってこと」

 そんな身体の奥底から頭へと響く葉山のドリブル音と、そしてまるで身体に纏わりついて離れないような実渕の完璧なディフェンスに、日向の苛立ちは頂点に達していた。といっても、単にクラッチタイムに入りかけているだけでもあるが。
 元から短気であると自他共に認める日向であるが、クラッチに入った時のそれは常を絶する。
 そうであるため、ぽつりと零された実渕の言葉に対する反応が如何せん荒っぽいものになってしまったのは、仕方ないことだろう。
 だが、もちろん実渕がそれを知るはずもないのだが、実渕はそんな日向の態度に「あら、怖ーい」と返しながらも臆した様子は一切なく、言葉を続けた。

「あの子、伊月君だったかしら? 彼は確かに実力はあるわ。でも、彼には小太郎は止められない」
「……どこにそんな確証があるってんだよ」
「どこって、指摘すればたくさんあるけど……ま、一番は体格差かしらね。身長しかり、体格しかり、筋肉量しかり。小太郎との差が大き過ぎる。だから、どんなに小太郎の動きを読めたとしても、あの子の身体がその動きに対応出来るほど、強くないわ」

 悪く思わないでね、と実渕はウィンクと共にその言葉を締め括る。
 確かに、実渕の言っていることは正論である。
 伊月は強い。実力は、多分このコートの中では赤司にも並ぶものを持っているだろう。
 だがしかし、その実力全てを余すことなく発揮するためには、伊月の身体が虚弱であることを、実渕はこの試合のたった数分間の間に見抜いていたのだ。
 その観察眼に、日向は内心素直に感服する。ここまで瞬時に、伊月の弱点を見抜かれたのは、始めてである。
 だけど、も。

「……はっ、残念だったな」

 それは正論であっても、正解ではない。
 日向が不敵に頬を持ち上げれば、実渕は怪訝そうに眉を潜めた。
 実渕たち洛山は、昨日行われた誠凛と海常との試合を、見ていないのだ。録画したビデオで見てはいるであろうが、この実際の場で、見てはいない。
 だから、彼等は知らない。
 海常戦で伊月が披露した、彼の隠し玉を。

「そんな正論から来る道理で終わらせられるほどな、伊月は弱かねぇんだわ」

 笑みを描いたまま言い切ったと同時に、神速の風が大気を裂き、広げられた鷲の羽元を摺り抜けようとする。
 日向はその瞬間、伊月の名を叫んだ。
 それは、合図であり、許可だ。

 空の王者は、例え風であろうとも逃しはしない。
 彼の持つ「鈎爪」は、まだ閃いていないのだから。





 凄まじい迫力を醸すドリブル音の合間を縫って、確かに聞こえたのは、日向が彼の名を叫ぶ声だった。
 合図であり、許可を意味した、それ。
 遅いよ、日向。そう口の中で小さく転がすと同時に、視界の真ん中で、まるで挑発するかのように、葉山が悠々とフルドライブの体制に入ったのを捕らえる。

「いっくよ〜!」

 軽やかな声と共に、風が。神速の風が、広げた翼の合間を抜けて翔けようと、吹きすさんだ。
 だが、逃してたまるものか。
 風であろうが、なんであろうが。研ぎ澄まされた鷲の爪は、何も逃しはしないのだ。



 風が、駆け抜けて行く。横から、後ろへ。翼の合間をかい潜り、逃れるように吹いていく。
 それは凄まじいまでのスピードであり、その時の葉山のドライブを見ていた周囲の者たちは、本当に一瞬葉山が消えたかのように錯覚するほどだった。
 だが、伊月には“見えて”いる。「鷲の眼」から逃れることなど、出来はしない。

「…………キタコレ」

 微笑みと共に、確証を一つ、大気へと放つ。
 同時に、隠されていた爪が、見えぬ背後に向かって鋭く、閃いて。

「そんなっ!?」
「嘘ぉ!!?」

 後ろを見ることなく繰り出されたバックチップは、正確に葉山の手元のボールを射抜き、弾き飛ばしたのだった。

「あんまりナメて貰っちゃ、困るかな」

 “鷲の鈎爪”。
 その言葉と、自信に満ちた美しい微笑みを携えて振り向いた伊月の手に、葉山は一瞬、本物の鷲の、鈎爪を見た。


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