『…幸村?』
見知った顔を、ウチの眼は捉えた。
後ろで一つに束ねた焦げ茶色の柔らかそうな髪に、燃えるような赤の着流し。
「…?、狐火殿!」
彼方も此方の姿を見留めるやいなや、走り寄ってくる。
「本日は、如何様な事時で参られたのでござるか?」
『散歩がてら。皆に会いに。』
「左様でござったか!それはお館様も、大層喜ばれまする!」
にかり、晴れ晴れとした笑顔を浮かべるのは、真田幸村、その人であった。
『晴信、元気なったと?』
晴信とは、甲斐の虎こと、武田信玄の事である。つい、この間まで、病の床に伏せっていたのだが、
「うむ。今となっては、其と、熱く燃えたぎる拳を交えておりまする!うおおおお館様あああぁ!!」
その心配も不要らしい。
『ん。そか。そら良かった。』
ふ、思わず、口元が緩む。と、不意に幸村は静かに此方に向き直ったと思うと、真剣に眼を見据えてきた。
「何もかも、狐火殿のお陰でござる。この真田源二郎幸村、誠、心より、感謝の敬も御座りませぬ。」
深々、頭を下げられ、正直、対応に困る。ぽり、頬を掻き、辺りに目を向けた。此処は町の外れ。だが、そんな事はお構いなしに、賑わう声が、耳に馴染んだ。
『生きてんだ、ウチ。』
ぽつ、呟く。
『皆、生きてんだ。』
かつて、あの子がそうだったように。
『ありがとう、は、こっちやけん。』
今は、笑ってやるんだ。
「…美しいでござるな。」
『…?』
「はっ、そ、其は何という…い、いや、然し、こういう時こそ…はっ、破廉恥!!」
顔を赤らめて、もだもだ、独り言を言う幸村が不意に手を差し出してきた。
『こ、これを…』
ふわり、甘い香りを漂わせ、手の中に滑り込んできたのは、
山梔子
(清浄、ただただ、)
(その事を。)