『ん………。』 意識が浮上する。まだ残暑の残る季節だが、部屋の中は調度いい塩梅にひやり、としている。 ふ、と額のあたりに何か暖かいものを感じた。だが… (何だろう…?) 部屋には自分しかいないはず。布団なども敷いて寝た覚えはない。 (う…ん?) まだ覚醒しきっていない頭で考えてみるが、どうにも思い当たらない。 仕方が無くゆっくりと重い瞼を持ち上げた。 「あぁ、すまねぇな。起こしちまったか?」 『あ……』 彼女、狐火の頭を撫でていたのは、片倉小十郎、彼女の恋人その人であった。 「随分とぐっすり寝てたみてぇだな。」 『とても気候が穏やかだったもので、つい。』 少しだけ寝癖がついた彼女の髪を愛おしそうに撫でながら、小十郎はその言葉に苦笑を浮かべた。 幸せだ。狐火は、ついつい、頬を緩ませる。刀を握り、彼の敬愛する主君のため、竜の右目としてその背を守る、時には土いじりという意外な面を見せ、野菜に愛情を注いでいる。 その無骨な掌で撫でられると、どうしようもなく愛しさが溢れ出す。 『ふふ、』 「なんだ?」 『好き、です。小十郎さんが、どうしようもなく。』 はたり、と彼が面食らったような顔をする。ふ、と破顔一笑。普段の強面からは想像もつかないような柔らかい貌。 それに思わず心臓が跳ねた。 「ふ、…そうか。」 『、はい。』 好きだ。大きな掌も、左の頬についた傷も、少し硬めの髪だって、何もかもが愛おしい。 明日もわからないこの戦国乱世。血で血を洗う戦など日常茶飯事である。目の前のこの人だって、いつ消えてしまうやも分からない。だから、 『好き。好きなんです。大好き。』 精一杯この想いを伝えて。いつまでも一緒にと願ってしまう。主君を守るとなると命すら厭わないい彼に、願ってしまう。 「、俺は」 ぱちり、視線を合わせ、 「好き、じゃねぇ、 愛してる、だ。」 今度は此方が面食らってしまった。嗚呼、なんと恥ずかしいことをこの男は言うのだ。だが、 『、わ、たしも 愛してる、です。』 願わくば、この強く優しい人に幸せが有らんことを。そしてその隣に居られますよう。狐火はそう願ってやまない。図々しいかもしれない。 それでも、 『ずっと隣に居たいな、ぁ。』 「…あぁ、ずっと隣に居ろ。」 夏の残り香が幸せそうな二人の頬を撫でていった。 矢車菊 (ただそれだけで、) (幸福です) |