DREAM | ナノ





これの続きらしきもの


三成様はなんともおかしな方だ。わたしがあなた様は阿呆だと称しようがお怒りにはならないくせして、太閤殿のことをちらとでも軽口を叩こうものなら、それはもう怒り狂ってその者を殺してしまうのだ。欲をお持ちにならずにお生まれになったのか。ある意味では神と称してもよいやも知れぬ。そんな馬鹿げた考えがわたしでも頭の片隅を過ぎるほどである。三成様のおかしなところはそれだけではない。わたしが今まで見てきた人間の中でも最も変だと思う御仁だろう。普通であれば、武将としての地位を欲しがるべきところを三成様は太閤殿の言葉ひとつで充分なようだった。普段誰とも関わろうとしない三成様とは、まるで別人のように変わられる。刑部殿が仰っていたことには、いざ戦に出てみれば彼はさながら番犬のようだ、と。確かに言い得て妙である。先ほどわたしは三成様が誰とも関わろうとしないと言ったが、刑部殿は別のようであった。仲がよろしいのですね。そう言うと彼はヒヒッ。ひとつ薄い笑みを零してこう言った。

「なに。アレは闇と光を背反させたものよな。」

アレはからかい甲斐のあるやつよ。ふわふわとよくわからないことを口にして何処かへ行ってしまわれた。どこまでも平行線を辿っていくだろうと思われた日常は、やはり必然として変化するものである。

彼が目に見えて変わられたのは、太閤殿が亡くなられてからだ。もとより食事もまともに召し上がられておられなかったのに更に拍車がかかり、今となっては何一つ口になさらないものだから屋敷の者は狼狽えるばかりであった。そんな中でも殺意にまみれた瞳は何故だかひどく澄み渡っているものだから、ああこれでわたしが三成様をおかしな方だと言うのがわかっていただけただろうか。何はともあれわたしが勝手に理由付けしたもの。きっと彼が純粋に復讐を夢見ているからだとそういったものだ。ただ、ここで大切なのは、わたしには純粋な復讐はおろかそんな事をその時は知る由も無かったことと、到底わたしには理解できる筈もないということである。わたしはまだ齢七つにも満たぬ子供であるからして、漠然としたなぜだろうという疑問しか出てきやしなかったので三成様に問うてみたのだ。何故殺すのですか。秀吉様を侮辱したからだ。そんな答が返ってくるのは至極当たり前だ。ですが太閤殿は既にいらっしゃいませぬ。途端、三成様はカッと目を見開くと側に立てかけておいた刀の鍔を無造作に握りしめた。ふーっふーっ、荒い呼吸音と獰猛な目の光がそこにはあった。うらやましい。その姿を見てわたしが思ったのは恐怖でも疑問でもなく、ただ羨望だった。あぁそうそう、思い出したよ。あの暗い屋敷に閉じ込められて忘れていたものを。

『うらやましゅうございます。』

「貴様なにを、」

『お怒りなのですね。』

あの屋敷にいるうちに忘れていたものは案外近くに落ちていたようだ。さみしいかなしいにくいと叫ぶ三成様は確かにわたしの忘れていたものでございました。そこはかとなく隈のできている瞼の下をぎりぎりのところまで開ききっている彼は心底驚いておられるようだ。そうして一つまばたきをしるとくしゃり、と歪んだ顔がわたしをみていた。

「う゛、うぁあぁあ」

固く引き結ばれた筈の彼の口の隙間から出てきた嗚咽が、途切れ途切れなものからだんだんと大きな音へと変わってゆく。声は既に屋敷中に響いているのだろうが、人が来るだとかみっともないだとかそういったことを考える余裕なぞ、生憎わたしも今更持ち合わせていないのだ。じわじわとわたしの世界を滲ませる涙は彼の姿をぼんやりとしか捉えられない。ぼろり、塩辛いものが口の中に頬を伝って落ちた。ぐしゃぐしゃと両腕で顔を擦るも間に合わずに熱いようなぬるいような涙があとからあとから零れる。ひっく、だらしなく開いた口元から垂れた涎は涙ともはや区別もつかない。じくじくと痛みだしたのは擦りすぎた目尻かそれとも胸が。既にお互い抑えきれない嗚咽が溢れ、ふらふらと目の前の体を必死に掴んだ。うぁぁぁあぁ。二人して座り込み、互いを抱き締めながらわんわんと声を張り上げて泣きわめく様はさぞかし滑稽に違いない。いたい。いたい。さむい。さみしい。かなしい。いやだ。身が焼き切れそうな忘れていた感情。もしかしたらこのまま死んでしまうのではないか。そんな痛み。それでも、貴方となら大丈夫だ。泣き止むときはきっと二人でこの痛みの海を泳ぎきった時なのでしょうから。



拙い愛ですが

image song「茨の海」
title by「彼女の為に泣いた」